ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋




「じゃあ、そういうことで。」

『お忙しい中、ありがとうございました。』


整形外科医師としての腕は問題ない
そうであるのなら、精神的に不安定な状態の倉田さんに対して彼がどういうスタンスで接するかということだな


『とりあえず、倉田さんの様子を見てから、整形外科による面談をどうするか考えようか。』


俺は倉田さんがベビーと共に長い時間を過ごすようになってきているNICU(新生児集中治療室)へ彼女の様子を見るために向かった。



NICUに繋がる廊下。
もう夜ということもあって照明の照度を落としてあり、少し暗い。

NICUは毎日、自分が帰宅する前に必ず立ち寄るようにしている場所。
新生児に対して産科医師である自分がしてあげられることは特にないが、新生児の面会に訪れる母親や家族の様子を見にくるようにしている。

分娩介助して、母体の体調の観察をして退院したらそれでよしで終わらずに、彼女らの心の動きをちゃんと把握して支えることも自分の大切な仕事と考えているからだ。


『やっぱりここだったか・・・』


自分の予想通り、倉田さんはベビーをすぐ傍で椅子に腰掛け、保育器の透明なケース越しに眠るベビーをじっと見つめている。
その横顔はいつ見ても、伏し目がちで見ているこっちが切なくなる。

それでも、いつかはベビーの状態を説明する機会を持ってもらわなければならない
そう思った俺はゆっくりと彼女のほうへ近付き、そして声をかけようとした。



でも、

『倉田さ』

「倉田さん、初めまして。赤ちゃんの右腕の治療を担当することになった整形外科の森村です。」


俺よりも先に彼女に声をかけたのは、
背後から自分を追い越して彼女に近付いた整形外科の森村という医師だった。

自分が見てきた限りでは、倉田さんはベビーの右腕が動かないという障害、そして低体重状態で出産したということによって大きなショックを受けていると思う
その状態の彼女にベビーの詳しい病状や今後の治療方針を説明することはもっと慎重に進めていったほうがいいと思ってもいる

だから、森村という医師に一度コンタクトを取って、情報交換をしておくべきだと思っていた矢先に、彼に先に動かれてしまった


『・・・・・・・・』


彼が倉田さんに声をかけてしまった今、俺は彼等をちょっと離れた場所で見守るしかない