【Hiei's eye カルテ38:想定を超えてくる彼】
三宅教授に教授の奥さんの病院で従事しないかといつも以上に強く誘われた日。
突然現れた父さんにこの病院に留まるように勧められた屋上。
俺達のそのやりとりをそっと見守ってくれていた伶菜と祐希の顔を久しぶりに見た後の夜7時。
俺は腕神経叢麻痺を発症したベビーのことについて話をするために、整形外科の矢野部長の院内PHSに電話をしようと自分のPHSを手にした瞬間。
タイミング良く呼び出し音が鳴った。
『はい、産科、日詠です。』
「日詠くん、待たせてすまないね。」
『今、お電話しようと思っていたところだったんです。助かりました。』
「ジャストタイミングってとこだね。で、例の腕神経叢麻痺の赤ちゃんのコトだっけ?」
『そうです。』
とにかく忙しい矢野部長に、そのベビーのことを覚えていてもらっていたことに安堵する
あとは、矢野部長からベビーの母親に病状と今後の治療の説明をして貰うようなアポイトメントを取り付けておきたい
それをあまり先延ばしにすると、ベビーのご家族に不信感を抱かせてしまうことになるだろうから
『矢野先生、それでですね・・・。』
「あっ、そうそう、赤ちゃんの整形外科の主治医なんだけどね、ウチの森村にやって貰うことにしたから。」
ついさっき、森村という医師が言っていた通りのことが、矢野部長の自信に満ちた声でも紡がれて、受話器を介してそれが自分の耳に入ってくる。
『・・・・・・・・・』
何で彼を主治医に?
矢野部長が忙しくて手がいっぱいだからか?
それとも
森村という若手医師に経験を積ませるためか?
それとも・・・・
「日詠くん?どうかしたかい?」
言葉を発せないでいた俺を気遣ってくれているかとは思うが、
何か不都合でも?と言われているようにも聞こえる
手を抜かず、懇切丁寧な仕事をするという矢野先生の人柄は異なる診療科の自分の耳にも入ってくるぐらい院内では有名
ということから考えると、倉田さんのベビーの主治医が森村という医師になったのは、
矢野先生が手いっぱいなんかじゃなくて
彼に経験を積ませたいんでもなくて
『いえ、承知致しました。』
彼への絶大な信頼があるからなんだろう