「そうやって詩織さんは尚史に僕達との養子縁組という嘘をついて勧めてくれた。尚史もまだ8歳の子供だったが、まだ小さい伶菜さんを一人で育てていかなきゃいけない詩織さんを思い遣って高梨家を出る決意をしたんだ。」
お母さんのことを思い遣る日詠先生
まだ子供盛りの頃だったはずなのに
そんな過去があったなんて
過去のこととはいえ、まだ子供だった彼のことを想うと
胸がじんじん痛む
「“立派なお医者さんになったら迎えに来て” という詩織さんの言葉を心の支えにしてね・・・でも本当のところは、養子縁組ではなく戸籍上では、尚史は私達の子供のままにしておいてくれたんだ・・・いつか尚史を僕達のもとへ返すつもりだったみたいでね。」
『返すつもりだったんだ・・』
「そう。だから高梨の死をきっかけに、詩織さんは尚史を私達のもとへ返してくれたんだ・・・事実を知らされていない尚史が寂しい想いをしないよう自分は母親として迎えに来てくれるのを待っているなんていう嘘までついてね。」
お母さんは、お父さんが亡くなった時、
日詠先生までも失っていたんだね
それでもいつも笑顔で
女手一つで私を育ててくれたお母さん
保育士さんなんてキツイ仕事をなんでそんなにも一生懸命やってるんだろうなんて横目で見てたけれど、お母さんみたいな人だから必要とされたんだね
そんなお母さんだから、日詠先生もお母さんの言うことを聞いてウチを出ていったんだね
きっと日詠先生もお母さんのコト、大好きだったんだと思うよ・・・
でも、やっぱり切ないよ
3才だった日詠先生を連れて帰れなかった早紀さんの気持ちを想うと・・
8才だった日詠先生を実の両親のもとに帰るように彼の背中を押してあげたお母さんの気持ちを想うと・・・
そして
8才だった日詠先生がお母さんに説得されて高梨家を出て行った時の、彼の気持ちを想うと・・・・
『そんな・・・そんなの・・・・』
自分が泣くこと。
それは東京の日詠先生に、そして早紀さんに余計な心配をかけてしまうからとずっと堪えていたのに。
私は限界だった。
『・・・うぅぅ。』
嗚咽があがりそうになるのを必死に堪えたが涙までもは止めることができず、その雫は手首を経て、肘を伝いポタッとテーブルの上に落ちた。



