私はもう確認せずにはいられなかった。
非情といわれても仕方のない父親の行動をなぜ早紀さんが “わかった気がした” のか?
子供を持つ私には全然理解できなかった。
母子が一緒に居られないという状況を作ってしまっている自分の父親の行動が理解できなかったから。
「改札口の向こう側に、大きいスーツケースを携えた日詠が立っていたの・・・その姿を目にした瞬間、肩の力がすうっと抜けて、ようやく息ができた気がした。」
「早紀・・・・」
「私はすべて一人でやろうとしていたのがいけなかったんだっていうことに気がつかされた・・きっと私が東京へ帰されたのは私が一人で名古屋に迎えに行ったからだったんだと思う。」
そう語った早紀さんは髪を掻き揚げたまま若干俯いた。
隣に座っていた東京の日詠先生はというと、目を閉じたままそっと頷いていた。
「それから日詠とは随分いろいろなことを話した。学生時代以来だったな、彼とあんなに話をしたのは。」
その時のことを想い出したのか、先生は小さくはにかむ。
すれ違っていたふたりの間で交わされた会話はどんなものだったんだろう?
「その中で私は気がつかされたの・・・医師を辞めて母親という仕事だけを担うのは私には無理ということを・・・・・あんなに医師になりたかったんだからそれを辞めて尚史を育てようとしても、また同じことを繰り返してしまう、そんな気がした。きっと高梨先輩はそんな私の姿を予測していたから尚史を引き渡してくれなかったんだと思う。」
『・・・・・・・・・』
「だから、私は高梨先輩と詩織のご厚意に甘えて尚史をすぐには迎えに行かなかった・・・私らしく胸を張って彼を迎えにいけるように、そして彼のように虐待に苦しむ子供を一人でも救うことができるように私は小児循環器科医師になることにした・・・それが尚史への罪滅ぼしだと思ったから。」
『小児循環器科医師・・・』
毎日、毎日、親子と接しなきゃいけない仕事
それも、病気で苦しんでいる子供とその親が相手
よっぽど根気がないと向き合えない相手だ
「なんとか小児循環器科医師になって、患者さんとそのご家族と接している中でいろいろ学ばせて貰ったわ・・・医師としての自信も取り戻せた。日詠も傍にいてくれたから、尚史を迎えに行った。でも、もう遅かったの。」
『遅かったって・・・・?』
「当たり前だけど3才の尚史の目には高梨先輩と詩織が親として映っていて・・・それを自分の目で確かめてしまった私は自分が本当の親とは言えなかった・・・“またおばちゃんと一緒に遊んでね・・” と声をかけながら彼の頭を撫でてあげることしかできなかったの・・・」
母親ではなく “おばちゃん” と名乗ってしまった早紀さん
そうするしかなかったんだろう
きっと虐待というモノは子供の心だけでなく
親の心にも深い傷を残してしまっていただろうから
だから日詠先生は
ウチの父と母の子供として
そして私の兄として
高梨の家で育てられていたんだ
でも、そんな事実
彼自身は知ってるの?
『尚史先生ご自身は、そのことをご存知なんですか?だって、彼が8才の時に・・・私の父が亡くなった時に、先生方が彼を引き取ったって・・・その時にその事実を彼にお話になったんですか?』



