「子供を産むまでの私はすべて自分の実力で、自分が思うがままに歩んでこれた。だから、思い通りにならない産後の子育てにおけるストレスと早く現場に復帰して医師としてのキャリアを積まなきゃという焦りから、自分自身をコントロールすることができなかった・・・そして私はまだ産まれて間もない尚史に、手を上げてしまうようになった・・・」


虐待?!
そんな過去が日詠先生の中にあったの?

虐待をされた子供は自分の子供にも虐待をしてしまう傾向があると聞いたことがある
だけど、今の日詠先生は、祐希のお世話を手伝ってくれたり、祐希と遊んでくれているたりする彼を傍で見ていても、そんな気配は全く感じられない


「最初は軽く叩くとかつねるとかだったんだけど、尚史が4ヶ月になったばかりだったかな・・・どうしても泣き止まない尚史を私は衝動的にベッドの上に叩きつけてしまった。」

『・・・・・・・』

「そして、彼が尋常ではない泣き方をし始めたのを見て、ようやく私は自分がしてしまったことを自覚して・・・怖くなって、どうしたらいいのかわからなくなって・・・私は彼をそのままにしてその場から逃げてしまったの。」



その時の日詠先生、ひとりぼっちになっちゃったんだ

きっと
怖かっただろう
寂しかっただろう

まだ物心がついてない4ヶ月児といえども、きっとそうに違いない

でも、そうしてしまった早紀さんの気持ちもわからないわけじゃない
子育ての大変さは私も経験しているところだから



「それで辺りをフラフラしていたんだけど、やっぱり尚史のことが気になって自宅に戻ったら、尚史はもうそこにはいなくて・・・彼の泣き声を聞きつけた通りががりの人が警察を呼んで、尚史を病院に運んでくれていた。私は警察官に付き添われて病院へ行ったの。」


昔を想い返すように丁寧に言葉を紡いでいた早紀さんだったけれど、急に声のトーンが下がった。
言葉にすることで、当時のことをより鮮明に想い出したりしているのかもしれない。


「そこには手足に包帯を巻かれて眠っていた尚史がいて、私はショックで気を失ってしまったの・・・母親失格・・・。」


それでも早紀さんは言葉を紡ぐことをここでやめようとはしなかった。


「目が覚めた時、警察官が主人の連絡先を教えろって言ったんだけど、私は言えなかった・・その頃の日詠はボストンで大事な勉強をしている最中だったから、彼に心配をかけたくなかった。」

「早紀・・・」


隣で一緒に早紀さんの話に耳を傾けていた東京の日詠先生が、申し訳なさそうな顔で彼女の名を呼んだ。
その彼に早紀さんは優しく微笑む。
アナタが悪いんじゃないの・・・そう想っているような顔で。


「だから私は、親友の詩織を頼ってしまった・・・詩織は警察官に “自分がちゃんと見守るから逮捕しないで” って訴えてくれて・・・なんとか逮捕されずにすんだんだけど、警察官の手からは逃れられたけど、保育の専門家である詩織は誤魔化せなかった。」


警察官を説得してまで
お母さんが早紀さんを助けたんだ

そのお母さんを誤魔化せなかったって
お母さんは早紀さんに何を言ったんだろう?