ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋



「伶菜さん!」

その声にドキッとした私。
肩を(すくめ)めながら振り返ると、そこには黒色のコートをビシッと着こなした東京の日詠先生が立っていた。


『あの・・お、お、お待たせしちゃってスミマセン。』

待ち合わせ時刻の10分前に到着していたのに、どもりながらお詫びする。


「僕も今、着いたばかりだから。さあ、行こうか・・・荷物持つよ。」


私に有無を言わせる時間を与えることなく、私の荷物を手に取った東京の日詠先生。
そんな私達のやり取りを会社帰りのOLさんらしき若い女性達が顔を赤らめてこっちを見ていた。

こういうの羨望の眼差しっていうのかな?
50才後半ぐらいなはずなのに、そんな風には感じられないくらい、東京の日詠先生のコート姿はダンディなんだから
白衣姿ももちろんカッコイイけれどね

お父さんも生きていたら、こんな感じにダンディだったのかな?


「何、食べたいかな?好きなモノは何かな?」

『何でもいいです・・・な、何でもスキです!!!』


この受け答えって、相手は困っちゃうよね?
でもそんなコト考えている余裕なんてない

東京の日詠先生の姿と自分の父親の姿を頭の中で重ねるという作業を行っている私にはこの時、そんな余裕はなかった。


「じゃあ、僕のオススメのお店でもいいかな?」


僕のオススメのお店って
もしドレスコードとかあるお店だったらどうしよう

でも、余裕のない私にはその提案を拒否する余裕もない


『ハイ、宜しくお願いします。』

「じゃあ、この近くだから早速行こうか・・」

先生は祐希のお世話グッズが入った重いバックを持って下さったまま歩き始めた。


出口階段の傍にあるエレベーターに乗り込み地上に出る。
辺りはもうすっかり暗かったけれど、渋滞している車列のテールランプの赤い光の列を見たせいか、冬独特のもの寂しさは全く感じられない。

「祐希クンの調子はどう?」

私の歩調に合わせながらそう問いかけてくれた東京の日詠先生。
まだまだ余裕がないけれど、この問いかけには母親としていい加減な応対はできない。


『今のところ風邪もひいてないですし、離乳食もよく食べてくれます。』

「そう、よかった・・・キミも祐希クンも頑張ってくれているんだね・・・あっ、もうお店に着いちゃったよ。」