「これ、彼の医局のデスクに置いてあったものなの・・・」

福本さんはおもむろに白衣のスカートのポケットから小さな袋を取り出した。
それは粉薬が入っている薬の袋。


「通常、ウチの病院で処方される粉薬の袋には名前と薬品名が記載されている。でも、これはそれらが一切記載されてなくて、ナオフミくんに限ってそんなことはないと思ったけれど、もしかして覚せい剤とかじゃないかって疑っちゃって。私の同期の薬剤師に頼んでどんな薬なのかこっそり調べさせてもらったの。」


覚せい剤?!
日詠先生に限ってそんなコトないよ

あり得ない
あり得ない
絶対にあり得ない

だって彼が自ら、命を粗末にするようなコト、あるはずがないもの

でも、ここ5日間帰ってこなかった彼だから
何が起こっていてもおかしくない


『福本さん、その薬・・・』

私は恐る恐る福本さんに訊ねた。
その小さな薬袋の中身が何であるのかを。

福本さんははるか前方に立っている日詠先生の後ろ姿の方へ視線を移し小さく溜息をついた。


「難聴症状を軽減する薬・・・ストレスによって突然発症する難聴にかかっているみたいなの。」

『・・・難聴って、聞こえないの?』

「全く聞こえないわけじゃなくて、右から声をかけた時にちょっと反応が遅かったから、多分右耳だけ聞こえづらいんだと思う。右耳を押さえる仕草も見られたしね。」


難聴なんて、いつから?
私、全然気がつかなかった


『難聴だなんて・・・その薬飲んでいれば治るんですか?そのまま治らないなんてことは・・・』

「なんともいえないわね・・・」

福本さんは目を閉じながらそう答えた。


『なんでそんなコトに、なっちゃったの・・・?』


直接的な原因が思い当たらない私は力なく呟く。

そんな私の方を向いて目を開けた福本さんは、さっき薬袋を取り出した白衣のポケットの反対側のポケットから小さく折りたたんだ新聞紙を取り出し、私に差し出した。

その新聞紙を広げると
それには4日前の日付が記載されていて
悲惨な交通事故の大きな見出しの斜め左下に
いかにも見落としそうなその場所にあった小さな記事の見出しが掲載されている記事

それは今、目の前にいる彼にも関係していそうな衝撃的な記事だった。