一応、どうぞという返事を貰えた俺は先にカーテン内に入っていた自分の名札と入れ替わるよう
その場所へ足を踏みこむ。
緊張させてしまったのか若干顔が強張っていた伶菜。
やってしまったか?と思いながら彼女にマグカップを差し出す。
それを素直に両手で受け取った彼女はマグカップの中を覗き込むと、中身が何かがわかったからなのか表情がふっと緩み、それをおもむろに口へ運んだ。
大人というものになってから
診察以外でこんなにも誰かをじっと見つめることなんて今まであっただろうか?
他人の表情の移り変わる様子がここまで気になったことも
記憶にないと言ってしまってもいいかもしれない
彼女をじっと見つめてしまっていた自分は変質者と思われるのでは?と思った俺は
『主治医になりました。ひえいです。』
とりあえず、いや、ドサクサまぎれに自己紹介をしてしまった。
「・・・・ひえい?にちえいって読むんじゃないんだ。」
「・・・ごめんなさい。間違えてしまって・・・・」
間違えたことによる戸惑い のち 申し訳なさ
そんな感情を彼女に与えてしまったらしい俺は
『一発で正しく呼んでくれた人なんてほとんどなかった。だから気にしなくてもいい。』
過去に自分の名前の呼び間違いをした人へ返していた定型文化されたその言葉を口にすることしかできないぐらい余裕をなくしていた。



