ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋




丁寧に作ったホットミルク。
いつもならその場で飲んでしまうそれ。
でもこの時は、伶菜に飲ませてあげたい
そう思った。

俺にとっては優しさと懐かしさが入り混じるこのホットミルクが
もしかしたら、彼女も癒してくれるかもしれない
そうも思ったから。

じゃあ、彼女へ届けてあげよう
そう決めたら、温かいうちに飲ませてあげたくて、足早に彼女がいる病室へ向かった。




カーテンが閉まったままの彼女のベッド。
ふとした思い付きでここまでやって来てしまったが、ここは自宅の部屋とかではなく病室。
彼女の声も物音も聴こえなくて、どう声をかけたらいいのかとマグカップを手にしたまま、カーテンの外で立ち止まる。



でもこのままだと、不審者扱いされそうと思った俺は、

『これ、飲むか?』

とカーテンの隙間からマグカップを差し出して話しかけてみた。



これで反応がなかったらすぐに撤収
これで叫び声とか上げられたら素直に謝る


頭の中でこう想定した俺に耳に聞こえてきたのは

「・・・先生?えっと・・・」

たどたどしい口調で俺に問いかけた伶菜の声。


そういえば駅から彼女をこの病院まで搬送してきた間に、俺の名前、言ってなかったよな
そう思った俺はカーテンの隙間から差し出していたマグカップを一旦自分のほうに引き寄せ、
それと引き換えに自分の名札を彼女に見えそうな位置まで差し出し直す。

ロボットのような自分の行動に自分でもおかしいと思った俺。


『いきなり、こんな風に現れるなんて怪しいよな。』


自虐的にそう呟いたその時、

「・・・にち、、えい先生・・・?」

戸惑いを隠しきれていない彼女の呟きが聞こえた。


よくある自分の氏名の言い間違い
いつもなら、”またか” と頭の中で小さく溜息をつく俺なのに
彼女の囁くような呟きによっていつもと違う方向に心を動かされた。

どんな形であれ
彼女の視界に俺という人間が入り込みたい
自分のことを知ってほしい


そんな方向へ心を動かされた俺は

『ああ、入ってもいい?』

直接、彼女の瞳を見て話がしたいと思う一心で。
自分の氏名の言い間違いを否定するどころか、”ああ” と肯定してしまったことなんか気に留めることもなく、プライベートな空間であるカーテンの内側へ立ち入らせてもらえるように願い出た。