俺が欲しいのは自分の弁当箱であって、バナナじゃない・・・
と、ちょっとチャラそうなこの人にズバっと言ってやりたかったが、相手も急いでいる様子だったので、
『弁当箱、拾って頂いたみたいでありがとうございました。』
と丁寧に御礼を伝えた。
「あっ、コレ、コレ。はい!」
ニシシと白い歯を見せながら彼が差し出したのは、俺が求めていた弁当箱。
そして、その上に載せられていたのはあの青みがかったバナナ。
「じゃ、俺、急ぐんでコレで!」
バナナを返そうと差し出したが、筋肉隆々のその腕でズイッとつき返され、そのまま立ち去ってしまった。
『コレ、どうするんだよ・・・』
いくら青みがかかっていると言えども、あまり日持ちがしないバナナ。
祐希のおやつに持ち帰ろうかと鞄に入れた俺は、ついさっき森村という医師が言っていた ”甘いモノは心も癒す” という言葉をふと想い出した。
『甘いモノ、好きだしな。そういえば、名刺貰って来てたっけ。』
伶菜と顔を合わせ辛いことも想い出した俺は、先日、買い物途中で伶菜と一緒に立ち寄り貰っておいた和菓子屋さんの名刺を財布から取り出す。
『この前、売り切れだったから、まだあるか電話で聴いてみるか。』
俺はその和菓子屋さんのセンスのいいオシャレな名刺を見ながら電話をかけた。
『蜜柑大福、もう売切れちゃったんですか・・・やっぱりそうですよね。こんな時間ですし。また今度にします。』
「お客様・・・やっぱりそうですよねということは、以前もウチの店に立ち寄って頂きました?」
申し訳なさそうな感じが受話器越しにも伝わって来る。
店員さんを責めるつもりなんてなかったのに、店員さんにそんな想いを抱かせてしまうぐらい俺は、伶菜の好物のひとつである蜜柑大福をあてにしていた。
『ええ、連れが美味しいから食べたいって寄らせて貰ったんですけど、その時も売り切れで・・・やっぱり凄い人気があるんですね。』
「おかげさまで・・・本当は売り切り終了なんですけど、今日はまだ蜜柑が残っているので、よろしければ今からお作り致しますけれど、30分位お時間はありますか?」
忙しいと思われる中、電話応対をしてくれた店員さんにお礼を言って電話を切ろうとした矢先の、想定外の提案。
『えっ、作って頂けるんですか?』
「ええ、今回だけ特別にということで。」
『ありがとうございます。私もまだ出先にいますので時間は大丈夫です。』
「では、30分後以降で、お待ちしております。」
『本当に助かります。宜しくお願いします!』
俺は親切な店員さんの厚意に甘えることにし、丁寧にお礼を告げて、電話を切った。



