医局に戻ると、俺のデスクのすぐ傍でギンガムチェック柄の布で包まれている弁当箱らしきものを手にしている男性医師の姿を見かけた。
誰だ?
ウチの病院は診療科も多くて、同じ診療科や小児科みたいに頻繁にやり取りがないと見知らぬ人間状態だ
各診療科専用のドクタールームで過ごすことが多い医師は医局のデスクをあまり使わない人もいて、顔すら合わせたことがない医師もたくさんいる
彼も俺にとってはそういう類の人なんだろう
あまり見かけたことがないその彼が手にしているのは、俺の弁当箱
しかも食べ終わった空の弁当箱
デスクの上に置いておいたはずなのに、一体何なんだ?
『あの、それ・・・・』
近付き声をかけた際に彼が着ていた手術着にぶら下がっていた名札を見て、一度見かけた人物だと想い出した。
いつだったか売店で整形外科の矢野部長と一緒にいた人。
しかも、多分、俺が担当の産科の患者さんに惚れただのと騒いでいて、
基本的に他人に興味がない俺が珍しく要注意人物だと思った男。
「落ちてたんすよ~。いや~、お散歩してたのかなぁ?」
弁当箱がお散歩だと?
そんなこと、あり得るかよ
何なんだ、この人
「あっ、そうだ、よかったらコレ、どうぞ。疲れてる時は甘いモノが心も癒してくれますから~!!!」
そう言いながら、彼のズボンのポケットから出てきたのは、まだ青みが残っているバナナ。
ポケットからバナナが出てきたことに唖然としていると、今度はパオーン、パオーンという象の鳴き声らしき着信音が聞こえてくる。
彼が手に取ったのは院内PHS。
「は~い、森村で~す。何?・・・今度は女子高生?」
院内PHSってこんな着信音も設定できるのか?
というか
軽い
かなり軽い
一般的にはこういう人をチャラいと言うのだろうか?
「なんだよ、高校生って男子高校生かよ~。アロエでも塗っとけって伝えろよ~って・・・開放骨折?そりゃ、オペ(手術)だな、すぐ行くわ。」
電話を終えた彼はさっきまで話をしていた俺の存在に気がつき、その左手に持っていた弁当箱ではなく、
「俺、今からオペになりそうなんで、コレ、遠慮なくどうぞ。」
右手に持っていたバナナのほうを差し出して来た。



