『三宅のコトは俺がなんとかするけれど、伶菜のほうはな・・』


俺の結婚話とかの勝手な都合なんて知らない伶菜。
彼女が俺の衝動的な行動を理解できるはずもない。
その彼女に今朝、どんな顔を合わせればいいか戸惑っていただけあって、この緊急コールに少し助けられた気分になっている。


『いい年して何、やってるんだろうな、俺は。』


ただ抱き寄せただけ
真正面から抱きしめたわけでもないのにこんなにも動揺するって

他の女性にはそれ以上のことをいくらでもしてきたクセに
一体なんなんだ?


『しかも、妹だぞ、伶菜は・・・』


真夜中に出勤するぐらい急いでいるはず。
それなのに、じっと考え込んでいるうちに、フロントガラスの凍結はすっかり解けて、視界はクリアになっていた。


『ダメだ、集中しないと。オペ(手術)になるかもしれないのに。』

俺はシートベルトを締めながら、なんとか頭を切り替えるように自分に言い聞かせ、ようやくアクセルを踏んだ。


病院の緊急医師用駐車場へ到着するなり、急いでクルマを停めて、走って病棟へ向かう。
病棟に到着すると、汗まみれの手術着を身に纏った男性が慌てた様子で俺のほうへ駆け寄ってきた。


「日詠先生、すみません。俺、どうしていいのかわからなくて・・・」

『謝る必要はない。今からだぞ。クロスマッチは終わってるか?』


その人は後輩産婦人科医師の久保。
今日の産婦人科の夜勤医師。


「・・・お、終わっているはずです。」

『一応、オペ室にも連絡しておいてくれ。』

「わかりました。」

ついさっきまで、プライベートのことで心が揺れていた自分だったが、動揺している久保が目の前にいる妊婦さんの治療をどうするか考えられないと判断し、俺が指示を出し始めた。


『俺がやらなくては・・今は余計なことは考えるな。』

俺は自分にそう言い聞かせ、看護師から手渡された使い捨てガウンを着て、大量出血で意識が朦朧(もうろう)とし始めた妊婦さんに向き合った。