【Hiei's eye カルテ30:私生活と仕事のアンバランス状態】



「日詠先生、お休み中のところ呼び出してしまってすみません。久保先生だけじゃ、ちょっと心配で。」

『構いません。どういう状況ですか?』



祐希の定期健診を受けるために、伶菜がウチの病院へ来院した日の翌日の午前3時。

伶菜の抱き締めた際に移ったらしい、自分のものではないパッションフルーツ系のかすかな香りに包まれながら眠っていた俺。
そんな中、自宅のベッドのヘッドボードの上にあった携帯電話が大きな音を立てた。


伶菜達は別の部屋で眠っているため、この音は聞こえていないと思われる。
だが、真夜中という時間帯だけあって、あまり長いこと鳴らせたくない音。
眠い目をこすりながらも慌てて通話ボタンを押した。

電話をかけてきた看護師の山村主任の言う通り、久保という後輩医師だけじゃ対応は難しそうだと判断した俺は、早速、電話をしながら、すぐに出勤できるように身支度を始めた。


『わかりました、今から行きます。輸血が必要になるかもしれないので、その準備もお願いします。』


電話を切った直後、そっと自分の部屋のドアを開ける。
伶菜達が起きている気配はない。

でも、こんな真夜中に起こすわけにはいかないから、ダイニングテーブルに今から出勤することを大急ぎでメモで書き残し、家を出た。



『寒い!!!!!』


午前3時と言えども、まだ真っ暗な冬の夜。
緊急コールということもあり、かなり急いでいたのだが、クルマのフロントガラスがしっかりと凍っていてすぐには発車できない。

凍結が解けるまでやることがない俺はエンジンをかけたまま、少し解け始めたフロントガラスの隙間からふと空を見上げた。

冬の澄んだ空気が星をより一層キレイに見せてくれる。


『昨日の夜は雲がかかっていたのにな。』


空の変化に気がついてしまったせいで、昨夜のベランダでの伶菜とのやり取りを想い出してしまう。


『いくら三宅のことがあったとしても、伶菜を抱き寄せるとかはダメだったのに・・・』


昨晩、ベランダで伶菜から三宅らしき女性のことを耳にして余裕がなくなった俺。
伶菜が自分の前から消えてしまうような感覚に襲われた俺は、後先考えることなく、彼女を自分のほうに抱き寄せた。
それを反省せずにはいられない今の俺。