ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋




目を閉じて、もう一回目を開けてマンションの自宅部屋に目をやる。
やっぱり真っ暗な自分の部屋。


伶菜が自分の家にいるということ
それはもしかして寝不足が続いていた俺の頭の中の空想だったのか?

そんなことを考えながら、マンションのエレベーターに乗り込み、8階のボタンを押す。
所々、灯りがついている部屋が見える8階廊下を歩いていても、そんなことを考え続ける。


でも、空想じゃないと実感できたのは

『なんか、美味しそうな匂いがする。』

開けた玄関の足元にある女性物の靴。
そして、ちょっぴり甘酸っぱそうな香り。

それらの存在がそこにあったからだ。


ほっとしながら、締めたままだったネクタイを緩め、おそらく伶菜達が眠っているはずの寝室の前は素通り。

いつものようにまずは自分の寝室へ行き、鞄を置いた後、脱いだ背広をクローゼットのハンガーにかける。
でも、さっき感じた甘酸っぱい匂いが何なのか気になった俺はネクタイを外すのもそっちのけでリビングに向かう。


『コレだな。』


ダイニングテーブルの上に見つけたのは、ラップがかけられた寿司桶。
伏せられたままの茶碗と汁椀。
箸置きにきちんと置かれた箸の存在が俺の居場所をちゃんと示してくれているように感じられた。


食べていいものか
それとも
そうではないのか

迷いながら寿司桶のラップをゆっくりと剥がす。


見えてきたのは、懐かしい混ぜ寿司。
それはお袋がよく作って食べさせてくれた鮭と茗荷(みょうが)がたっぷり入った寿司。

急にお腹が空いてきた俺。
置いてあった茶碗の存在が自分が食べてもいい合図と勝手に解釈し、寿司桶の隣に置いてあったしゃもじでその寿司を茶碗に寄せた。
そして、キッチンのIHテーブルの上に置いてあった鍋に火をつけて、その中に入っていた澄まし汁をもよそった。


『いただきます。』

さっそく口の中に広がった懐かしい味
それが久しぶりに俺の心の奥をグイッと揺らす。


『おかずもあったんだな・・・』

しっかりと彼女の手料理を味わった後。



『夕飯の準備とかしないで、ゆっくり休んでいればよかったのに・・・。』

何か飲もうと開けた冷蔵庫の中で見つけた、ラップがかけられたいくつかの小鉢の存在のせいでつい本音が漏れる。