私の大好きな静かで穏やかな声によってそう諭された私の目からは1粒の温かい涙がこぼれ、夜風で冷たくなりかけていた頬を静かに伝った。


「もう泣くな・・・って言いたいところだけど・・」

『スミマ、セン・・』


親にさえ上手に甘えることができなかった過去の自分を彼に見透かされた私はどうしても泣くのを堪えることができない。


「でも、お前の涙にも、きっといろいろワケがあるんだろう?だから・・・もう泣くなとは言わない。もう、ひとりきりで泣くな・・・」

私は泣くのを堪えられないどころか激しい嗚咽を漏らし始めていた。


「もう、ひとりきりで泣かなくてもいい。」

『・・・・・』


そして私はマグカップを手にしたまま、
彼に背中から抱き寄せられ、
彼の腕の中でその言葉を耳にした。


そこは、前に感じた消毒薬の香りも、かすかな煙草の香りも漂ってはおらず
さっき感じた爽やかなグレープフルーツミントの香りが
さっきよりももっと近くで私を優しく包んでくれていた。



日詠先生の恋人さん、彼女さん
もしいらっしゃっるのなら、ゴメンナサイ

ほんの少しだけでもいい
私にこの場所を貸して下さい

私を甘えさせてくれるこの場所を
私に・・・貸して下さい



私は優しさがあふれるその香りに包まれながら
そっと心の中でそう囁いた。

その時だった。




グイッ・・・・





暫くの間、彼の腕の中にスッポリと収まっていた私の体が突然、日詠先生の手によって引き離された。

背の高い彼を見上げると、彼はすぐさま視線を逸らしてしまう。
そしてそのまま私に背を向けた彼の表情はわからない。


「身体、冷えちゃうから・・・もう寝よう。」


さっきまでの彼とは異なる、私にもはっきりと聞こえる声。
一方的に導かれるような口ぶり。
さっきまであんなにも近くで体温までも感じて取れていた彼との間に
見えない溝が感じられるようなそんな口ぶり。


これが、現実
兄と妹という関係である私達の現実なんだ

甘えさせて貰える場所はこんなに近くにあるけれど

私がどれだけ彼のコトを好きでも
それは叶わない


そしていつかは
こうやって彼から離れなければならない

いつの日か彼だって、日詠先生だって
彼のかけがえのない女性と一緒に彼自身の幸せを掴む時が来る


だから、いつかはこうやって彼から離れなければいけない



「でもその前にもう一度、身体をあっためてやるから。・・・おいで・・・」


今までの私だったらそんな言葉を言われたら
男女間の甘い行動を想像してしまっていたかもしれない。

でも、彼の妹であることを改めて実感させられた今、
そんなことは一切頭の中にないまま、素直に彼の後ろを着いて行った。