『でも、奥野さん、昨晩も夜勤だったのに、連続勤務なんて・・・さすがにそこまでは・・・』
「今晩、彼氏とデートしたいって言ってるでしょ?なんか文句ある?」
ちゃんとわかっている
何よりも仕事を大切にしている奥野さんがデートなどの私用で急に勤務の調整をするような人ではないということを
だから奥野さんからのこのお願いは、俺のためのお願いであることも
『感謝します。奥野さんのご厚意。』
「ば~か。デートって言ってるでしょ?」
ドゴッ!!!!!
『うぐっ!!!!!』
腹に一発入った奥野さんからのパンチ。
それはデートなんて口にする奥野さんの気遣いに気がついてしまった俺の気を逸らそうとしているかのようなストレートショット。
つい顔を歪めた俺の目の前で、奥野さんはドヤ顔でパンチを食らわせた左手をひっくり返した。
その手の平の上には、眠気覚まし効果100倍とパッケージに書かれたミントガム。
「昼間の運転だからって油断しないで。絶対事故らないで。」
『ありがとうございます。』
「先輩の命令は絶対だから。」
『承知しました、先輩。』
奥野さんの手からミントガムを受け取り、早速、東京に向かおうとしたその時、
「後輩、忘れ物。」
『忘れ物?』
「日詠クンといったらコレでしょ?」
今度は右手を差し出した奥野さん。
その右手にはコーヒーショップのロゴが描かれた紙袋がぶら下がっていた。
『なんですか、コレ?』
「あなた達にとって大事なモノでしょ?持っていかなきゃ。」
紙袋の持ち手の隙間から見えたその中身。
奥野さんまでその存在を知っていたことに驚く。
けれども、彼女の言う通り、確かにそれは俺にとっては大事なモノだ。
『そうですね。コレも持っていきます。』
だからお守り代わりに持って行く。
伶菜のいる東京まで。
俺が弱気にならないようにも願掛けして。
「伶菜ちゃんによろしく伝えて。」
『わかりました。それじゃ、今度こそ行ってきます。』
俺は左手に効果100倍という中途半端を許してくれなさそうなミントガム、そして、右手には少し重さのある紙袋をぶら提げて医局を飛び出した。



