{こんなとこにいた~、日詠先生~?}

彼女とこうやって再び言葉を交わしている現実が
ただただ嬉しい


{日詠先生、お電話中、すみません。急患です!!!!!!}

どこか浮付いた感覚の中にいる俺の耳に無理矢理に近い形で捻じ込まれた看護師の声。


今は伶菜と電話で繋がっている大切な時間
でも、今の俺はこの病院の医者


『ゴメン、急患が入ったみたいだ・・・また、電話する・・・また電話するから・・・・』

医者でいることを後回しにすること
既に昨日、遅刻をして迷惑をかけている俺にそれはもう許されない



「ハイ・・・それじゃあ、また・・・」


久しぶりに耳にした伶菜の明るい声。

多分、気を遣わせたな
でも、その気遣いが寂しく思えるのは、
俺が今のこの電話を切りたくないと思っているからだろう


「センセ?」

『・・・ん?』

心配そうな声で問いかけられ、返事に戸惑う。


「早く行かないと、患者さん、待ってる・・待ってますよ。」

『・・・ああ、そうだな。』


ほら、やっぱり気を遣わせた
電話って用件を伝えるためだけのものじゃないのか?
手短で終えるべきものなのじゃないのか?

いつもの俺はそれらをちゃんと実行しているはずだ
それなのに
なんで今は自分から電話を終えることができないんだ?
なんでこんなにも後ろ髪を引かれる想いになるんだ?



「それじゃあ・・・また。」

『・・・ああ。』


自問自答を繰り返している俺から電話を切ることができず、しかも、気の利いたことを言ってやれないうちに、緊急で呼ばれた俺に気を遣ったらしい伶菜が電話を切ってくれた。


ツーツーツー



電話を切ることに躊躇いの感情を覚えたのも
電話相手の声が無機質な通話音に変わっているのに、受話器から耳をなかなか離すことができないのも
今までにはなかったこと
俺の今までになかったこと
それにはどうやら伶菜が絡んでいることが多いらしい

今までの色褪せ気味の俺の生活に鮮やかな彩りというものをを与えてくれているのは

やっぱり伶菜
彼女なんだろう


『電話の続きは、まずは自分のやるべきことをちゃんとやってからだ。伶菜の頑張りに負けないようにな。』

そう自分を鼓舞してからの俺はようやく自分のすべき仕事に集中できるようになった。


今度、伶菜と言葉を交わす時は、もう情けない自分でいたくない
今度こそ彼女を支えられるような存在でいたい

その想いを胸に抱きながら、俺は自分がすべきことをしながら約1ヶ月間走り続けた。