ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋




そうやって運転を続け、病院に到着し、タイムカードを打刻した時刻は午前9時55分。

『遅くなってすみません。よかったらコレ、皆さんで。』

病院地下にあるタイムレコーダーから4階の産科病棟まで階段を駆け上がった俺は息を切らしながらメロンパンの入った袋を掲げた。


「重役出勤とは大した度胸ね・・・と言いたいところだけど、奥野先生から事情は聴いてるわヨ。」

『・・・・・そういうことなので、すみません。』

「ナオフミくん、も~う。かわいいところあるじゃない~。彼女のためにならボクはどこまでも走る!!!!!!とかぁ。」

『・・・・・・・・』


まだ手に持っていたメロンパン入りの袋を福本さんにもぎとられながら、肘で横腹を突かれる始末。


「口元についているわよ、メロンパン~。」

『はっ?!』


つい指で口角を触れた俺。
ただ、からかわれただけなのに。


「いいじゃない、いいじゃない?こういう遅刻って。青春だわ~。とうとうナオフミくんにも春到来?!」


そんなんじゃありません
本人には会っていませんし
どういう状況かも聴けていませんし
ひとつ間違えば不審者扱いされていたかもしれませんし


『・・・・・・・・・・』


徹夜状態の俺はこの人=福本さんにそう噛み付くだけの元気は最早残っていなかった。
とりあえず、奥野さんにはお土産のメロンパンを添えて、頭を下げには行ったけれど。

ちなみに
メロンパンをすんなりと受け取ってくれた奥野さんには、”状況ぐらい聴いて来いよ” と手厳しくなじられた。
”ちゃんと着替えてから業務に就け” とも。


『いい年して、何、やってるんだろうな、俺。』

更衣用ロッカー室で着ていた手術着を脱ぎ捨て、洗いたての手術着に着替えた。


『大切な人を守りたいのに、どう守っていいのかわからない。』

冷水で顔を洗っても、思いつかなくて。


『悪あがきって自覚できるぐらい酷い有様。』

昨晩から今朝にかけての自分に溜息を漏らす始末。


『それでも、自分のできることをやるんだ。』



こうやってダメな俺を突き動かしてくれているのは
伶菜が外来診察室のドア越しに言ってくれた ”患者さんのためにメスを握って” という言葉だろう

俺は少しでも気持ちを引き上げようと両腕をめいいっぱい挙げ、背伸びをしながら病棟へ向かった。