『すみません。今日はここに入院中の高梨伶菜さんにコレを届けに来たんです。』
「高梨さん・・・?!」
『昨日こちらで出産されたと聞きまして、それでコレを。』
「プレゼント・・・・ですか?」
持っていた紙袋を差し出すと、看護師さんは少し仰け反りながらそれをまじまじと見る。
そして俺の名札のほうへ再び視線をズラし、今度は何かを思い出そうとするかのように天井のほうを見上げた。
多分、この人の頭の中・・俺のせいで混乱させているんだろう
手術着姿の男がプレゼントを持って真夜中に現れるとか
一歩間違えれば不審者だ
『ちょっと事情があって、至急、彼女の知人に届けるように頼まれて・・・ちなみに中身はベビー靴です。ご本人にはお楽しみということで内緒にしておいて欲しい・・・とのことですけど。』
さっきは咄嗟に嘘をつき、申し訳ないと思ったけれど、
”彼女の知人に頼まれて”
この場合は嘘も方便という言い訳もありかもしれない
俺からの届け物だと伶菜が知ったら、もしかしたら嫌な想いをさせてしまうかもしれない
俺は伶菜から逃げてしまった人間だから
「確か、先生は高梨さんの・・名古屋の病院での主治医の先生でしたよね?」
『ええ一応。』
俺と伶菜の繋がりを探ろうとする看護師に対して、胸を張って主治医だと言い切れない自分が残念すぎる
それに知人に頼まれて届け物とか、普通、主治医の仕事の範疇じゃない
これじゃ、逆に怪しまれるだろ
「わかりました。お預かりして、様子を見てご本人にお渡ししますね。」
『ありがとうございます。助かります。』
「それか、ご本人に確認を取った上ですけれど、朝、ご本人が起きられたら、直接お会いしてお渡しするというのはどうですか?・・・・先生、高梨さんのコト、気になっていらっしゃるからここまでいらっしゃったのでは?」
とりあえず理解してもらえたと思ったら、
まさかの看護師の気遣いによるものと思われるその提案。
確かに伶菜が今、どういう状況なのか気になる
だからこんなとこまでこんな時間に足を運んでしまった
でも、名古屋で伶菜のことをあんな風に突き放したんだ
合わせる顔なんてどこにもない
『いえ、折角ですが、これで失礼します。私も早急に診なくてはいけない心配な患者さんがいるので・・・・。』
俺は気を遣ってくれた看護師の厚意に応じることなく、丁寧にお辞儀をしてから踵を返した。
伶菜の今の状況も伺うことなく。
個人情報を漏らすわけにはいかない立場の看護師さんをこれ以上困らせるわけにはいかないから。
そして朝陽に向かって東京まで走ってきた俺は伶菜に会うことなく、今度は朝陽に背中を押されながら名古屋へ戻った。