ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋




医師になってからもう何年経つのだろう?
緊急時にこんなにも揺れる自分がいるのなんて初めてだ

同乗した救急車の中で、乗せられた担架に横たわる彼女を見つめる
涙の粒が(まつげ)にひっかかったままぎゅっと閉じられた目

濡れた頬は赤味なんか一切なくて、救急車内の車内灯で見ても、顔色の悪さは明らか
お腹を擦る右手はまるで腫れ物を触るような手つき



『今から僕が勤務している病院へ向かうから・・・今から聞く事に答えてくれるか?』



そうであって欲しくはないけれど、確認せずにはいられなかった
ぎゅっと閉じたままだった目を恐る恐る開いて俺のほうを見つけた彼女に

『伶・・いや、君は・・・お腹に子供いないか?』

もしかして
妊娠しているかもしれないという事実を・・・・



俺の瞳を奥を覗き込むようにじっと見つめたまま、唇を振るわせた彼女。

その唇から紡がれた言葉は

「は、、い。多分。」

妊婦さんのお腹の中で宿る命を傍で見守るはずの産科医師のくせに、そうであって欲しくなかった俺の心の中に一筋の影を落とした。


それでも守らなければいけない
傷ついた彼女を

でも彼女を守るのは

『お腹の子供の父親には連絡とれるか?切迫流産してるかもしれないから。』

俺なんかじゃないかもしれない


彼女のためには、そのほうがいい筈だ
ようやく見つけ出したけれども、今のこの状況ならば・・・

けれども、彼女の立場を考えた俺に聴こえてきた返答は

「父親はいません」

あまりにも寂しくて、あまりにも、切ない



ついさっきは、命を粗末にしようとした彼女に対して怒りを覚えたのに
この時の俺は
彼女をここまで追い込んでしまった一因であるかもしれない胎児の父親
そして
こんなにも追い込まれてしまうまで彼女を見つけ出してやれなかった自分自身の怠慢さに
激しい怒りを覚えた。


でも、このまま立ち止まったままいるわけにはいかない


『とにかく、病院に着いたらすぐに超音波検査をするから、病院に着くまでは少し眠って休むんだ。』


今からなんだ
彼女を守るのは自分だ

それが俺にとってかけがえのない人達から与えられた使命
そうに違いないから・・・・