伶菜は失神していたのか?
それなのに俺は一体、何をしていたんだ?


「高梨さん、目を覚ましたって?」

患者さん出入り口から診察室に入ったらしい奥野さんの声も聞こえてきた。
奥野さんが伶菜の診察する声が聞こえてくる。
途中、内診室に移動したのか、ふたりの声が消えた。


普段、奥野さんと同じように妊婦さんの診察を進めている自分なのに、どういう状況なのか気になる
まるで、医学知識を兼ね備えない患者さんの家族のように・・・


そして、しばらくして再び聞こえてきたのは

「さて・・・話なんだったっけ?ああ、なんで今まで内診だけ私がやってたかって事だっけ?」

俺が伶菜にちゃんと説明していなかったことに答えようとしている奥野さんの言葉だった。


奥野さんにしては珍しく言葉に迷う様子
そんな奥野さんを目の当たりにした伶菜がどう感じているのかが心配だ

気を失ったぐらいだ
おそらく、今の伶菜のメンタルは不安定なはず

でも、そんな彼女をどうにもしてやれない自分が
歯痒い
情けない


「日詠先生は最初から私の出産を見届けようとしてなかったんですね?結局、自殺しようとした私を偶然助けちゃった手前、主治医になっちゃっただけですよね?」


伶菜にそんな想いをさせてしまった自分も
伶菜に安心感を与えてやれない自分も
歯痒い
情けない

そして

悔しい・・・



「それは、違うわ。日詠くんは中途半端な仕事は絶対しない人よ。」

『じゃあ、なぜですか?本当の事を教えて下さい。』


本当の事

そして


「大切に想っている人を自分の手で手術するコトは能力のある医師であればある程、躊躇うモノなのよ・・・能力のある人ほど自分の腕に対して決して自信過剰にならないから・・・」

本当の自分の気持ち・・・大切に想っていること
それらを伶菜にちゃんと伝えてやれなかったこと

それがこんなにも後悔することになるとは
他人の気持ちにわざわざ深く踏み入ろうとはしなかった今までの俺には考えられなかった