【Hiei's eye カルテ10:心深く響く言葉】




放心状態の俺が居た処置室の患者さん出入り口のドアが開く。

入ってきたのは福本さん。
彼女と目が合い、じっと見つめられたものの、いつものように声をかけられない。

放心状態の俺に用はないと判断したのか、視線を外した彼女は診療器具が保管されている戸棚から採血セットらしきものを取り出し、無言のまま、再びここから出て行った。


「採血セット、持ってきました。」

「高梨さん、採血するわね。」

隣の外来診察室から聴こえてきたのは福本さんと奥野さんの声だけ。


「さすがにショックですよね・・・もう妊娠9ヶ月ですし。」

「出産前診断って妊婦さんに与えるショックも大きい。でも、胎児の命のことを考えると三宅教授の助言は間違いではないと思う。」

「奥野先生、複雑な気持ちでしょ?ウチの病院で手術できないのも、名古屋という大きい都市なのにこの辺りで手術が受けられないのも。」

「正直、悔しいわよ。多分、三宅教授も。でも、誰よりも悔しいのは、日詠くんだと思う。」

「そうですね・・・」

「あっ、コレ、臨床検査にお願い。」

「すぐ行ってきます。」


中にいるであろう伶菜の声は一切聞こえて来ることはなく、しばらくして奥野さんと福本さんの声も聞こえてこなくなった。


伶菜の様子が気になる俺。
でも、彼女がいる診察室に立ち入ることはできない自分。

ドア一枚がこんなにも心の壁だと思ったことがなかった俺は
その場で身動きできずにいた。


それからどれぐらい時間が経ったのだろう?

「うなされてたけど、目、覚めた?」

福本さんとそれに応じる伶菜の声が聞こえてきた。