「それに手術ができる医師がメスを握ろうとしないのも余程のことよ。日詠くんみたいに難しい手術もこなす医師がね・・・」
私を諭すように語りかける奥野先生の話を聞いて、私の中では新たな疑問が浮かんで来る。
『余程のこと・・・って?』
私は奥野先生をじっと見つめながら、小さな声で呟いた。
奥野先生は座っていた回転椅子を少しだけ右側に回して、再び私から視線を外す。
「大切に想っている人を自分の手で手術するコトは能力のある医師であればある程、躊躇うモノなのよ・・能力のある人ほど自分の腕に対して決して自信過剰にならないから・・」
噛み締めるようにそう口にした奥野先生は立ち上がって私に背を向けた。
さっきの日詠先生みたいに。
「ちゃんと鉄剤飲むのよ。ちゃんと赤ちゃん産まれてくるから、大丈夫よ。さってと!私はオペしてる日詠くんと交替しなきゃね。」
奥野先生は私に背を向けたまま、軽く手を振り、さっき入ってきた出入り口のドアに手をかけて一瞬静止してから私を見た。
「じゃあね、伶菜ちゃん♪」
そう言いながら奥野先生はそっとドアを開けて出て行ってしまった。
そんな彼女を見ていて
私は奥野先生に本当の事を言ってとお願いしたのに、奥野先生は1つだけ私に嘘をついていた事に気がついた。
それは―――――――
日詠先生が今、オペ=手術をしているというコト
『日詠先生。私、ね・・』
診察室に残されたのは私と看護師長の福本さんだけ。
それなのに私は日詠先生の名を呼び、そして語りかけた。
もちろん返事は無かった。
でも――――――
ドコッッッ
スタッフ用出入り口のドアが一瞬、大きな音をたてながら揺れた。
その音によって私はそのドアの向こう側に日詠先生がいると確信した。



