……それでも、やっぱり。


「名前で呼んでも、いいかな?」


自分だけが下の名前で呼ばれるのはかえって気恥ずかしいし、何よりーー大好きな人の名前を、私も呼びたいと思う。

勿論、彼が嫌じゃなければだけど。


彼のことを思わず見つめ、答えを待つ。
すると、彼はフイッと顔を背けてしまう。

だけど、顔が耳まで真っ赤になっていて、照れているのだということが明白だった。

胸がきゅんと疼いた。



「……梓君」


私がそう名前を呼ぶと、彼は逸らしたばかりの視線を、再び私に向ける。


「……うん」

「ふふ。私も何だか恥ずかしい」

恥ずかしいけど、どこか心地良い。こんな気持ちになるのは、きっと今がとても幸せで、彼のことが好きだから。



「梓君」

もう一回、名前を呼んでみた。

用もないのに呼ぶなって怒られるかなと思ったけれど、彼は怒ることなく、私のことをじっと見つめてきた。

その真剣な眼差しに、私もつい見つめ返してしまう。


するとーー彼の右手が私の頬に添えられる。

これって、まさかキスーー



と思ったその時、私の携帯が派手に鳴った。



「ご、ごめん」

そう謝ると、彼の手が私の頬から離れる。ついでに、彼自身も私から距離を取った。


「……あ。香からだ。当番終わったから一緒に回ろうって」

「……じゃ、戻るか」

「う、うん」


恐らくキス寸前……だったため、若干ぎくしゃくした空気まま二人で階段を下りる。