「突然にすみません、こちらにいると伺ったもので……」

 そう申し訳なさそうに言ったのは、彼の前に立つ黒髪の女性。
 つい彼の方に気を取られてしまったけれど、先ほどの声も彼女のものだ。
 セリーンと同じ年ほどの物腰の柔らかそうな女の人。

(もし彼がフォルゲンさんだとしたら、彼女がドゥルスさんの娘さんで、フォルゲンさんの……)

「いや、私たちはその助手だ」

 答えたのはセリーン。二人の視線は最初からセリーンに向いていた。

「先生ならつい今しがたツェリウス殿下と別の場所に行ってしまったのだが、何か?」

 一瞬セリーンの言う“先生”がアルさんのことだとわからなかった。
 この場でいつも通り“あの男”や“ヘタレメガネ”なんて言えるわけないけれど、とにかく違和感が半端なくてなんだか背中がむずむずした。

「そうでしたか……。申し遅れました。私たちはヴァロールで小さな診療所を営んでおります。私がリトゥース、彼がフォルゲンです」

(やっぱり!)

 すぐさまライゼちゃんの名を出したい衝動に駆られたが、目の前には奥さんがいるのだ。ぐっと堪える。
 彼女はそのままセリーンに続けた。

「実は、先ほど王陛下の容体がそちらの先生の施術で回復したと聞き、彼が是非話をしたいと」
「わかった。急ぎでなければ合流出来次第先生に伝えるが、それでいいか?」

 セリーンが言うと、彼女、リトゥースさんはフォルゲンさんを見上げた。
 すると彼は、

「構わない」

そう短く低い声で答えた。

 ……聞いてはいたけれど、本当に無口な人のよう。

「よろしくお願いします。私たちは他の先生方と同じ控えの間におりますので」

 セリーンが頷くと、二人は一礼し廊下を戻って行った。