そんなことない。それにつらいのは私より村瀬さんのほうでしょ?

 私もまた彼の背中に手を回し、よりいっそう距離を縮めると、彼はポツリポツリと話し出した。

「幼い頃からずっと一緒にいたのに、彩芽の気持ちに最近まで気づくことができなかった。……だめだな、俺は。もっと早く気づくことができていたら、さくらも……そして彩芽も傷つけずにすんだのに」

 彼のやりきれない気持ちが、痛いほど伝わってくる。それと同時に早乙女さんがずっと抱えていた、やり場のない気持ちも理解できて胸が苦しい。

 早乙女さんはきっと、村瀬さんに自分の気持ちに気づいてほしい、異性として見てほしいと願いながら、心のどこかで気づかれたくない思いもあったのではないだろうか。

 知られなければ、幼なじみの関係でいられる。好きな人の近くにいることができるのだから。

 村瀬さんに片想いしていた頃の私もそうだった。彼と一緒になる未来が訪れてほしいと願いながら、彼の会社に勤める従業員だとバレたくない。村瀬さんが副社長だと知らないと思われたままでいたい。そうすれば彼は笑いかけてくれるから、ずっとこのままの関係でいたいと思っていた。