「たしかに彩芽との結婚話を専務から聞いた。……専務は俺にとって叔父でもあるから、すぐには断れなくて山浦さんにうまく返事を伸ばしてもらっている。……その間にさくらちゃんに告白をして、俺にはもう結婚を考えている相手がいますからって言って断るつもりでいたんだ」

 嘘、本当に?

 信じられなくて顔を上げると、村瀬さんは大きく瞳を揺らした。

「でもさくらちゃんがうちの社員だと知り、キミがそれを俺に言えなかったのは、副社長である俺の立場を理解し、俺との未来を考えることができないからだと思ったんだ。だったら一生独身を貫くのも悪くない。気持ちを告げずに、この恋を終わりにするべきだと思った。……でも、それができなかった」

 苦しげに顔を歪めると、村瀬さんはそっと私の頬に触れた。

「全力でキミを守ってみせる。でも、時には俺の力が及ばず、嫌な思いや苦労をさせてしまうかもしれない。……それでもそばにてほしい。俺と一緒になる未来を考えてくれないか?」

 私の頬に触れる彼の手は少し震えていて、村瀬さんの気持ちが痛いほど胸に響いた。

 ずっと重なることがないと思っていた未来が、私の言葉ひとつで変わろうとしている。こんなに嬉しいことはない。

 それなのに「はい」とすぐに返事ができないのは、彼の住む世界が自分の住む世界と、かけ離れているからだ。

 村瀬さんのそばにいられるなら、自分がつらい思いをするのは、いくらでも耐えることできる。

 でも私がそばにいることで、村瀬さんに嫌な思いをさせることにならない? そうなることが怖くてたまらない。

 それに村瀬さんは私を守ってくれると言うけれど、それはつまり彼に余計な苦労をかけるということ。私が重荷にならないだろうか。

 そう思うと返事をすることができなくなり、変わりにこう告げた。

「少し、考えさせてください」と。