二人のないしょ話

文化祭まで二週間になった日。

学校に行くと下駄箱で小泉さんと会った。

俺は右手で拳を作り、こめかみのあたりに当てて下ろす。

「おはよう」

「……おはよう」

そう口で言うと、小泉さんは歩いて行ってしまった。

おかしいと思った。手話を練習し出してからは、「おはよう」は手話でお互い言っていたから。

教室に行くと、小泉さんはかばんの中から本を出していた。

俺は小泉さんの近くに行き、右手の人差し指を立てて、左右に軽く振り、「どうしたの?」と手話で訊ねる。

小泉さんは一瞬悲しそうな顔を見せ、「何でもないよ。大丈夫」と言った。

誰が見ても大丈夫そうじゃなかった。でもしつこく問いただして、小泉さんに嫌われるのは怖い。

「何か困ったことがあったら、いつでも言ってね。大丈夫だから」

そう手話で言うと、「ありがとう」と手話で言ってくれた。