「小毬?」

 誠司君に呼ばれ、慌てて平静を装った。

「あ、ごめんなさい、本当に。……旧姓で働くっていっても、こうして優遇されちゃったら意味がないよね。ごめんね、誠司君。将生がそんなこと言ったせいで、無能な私を秘書課に入れるよう手配してくれたんでしょ?」

 事実なのに自分で言ってて虚しくなる。もしかしたら採用されたのも、やはりお義父さんや誠司君が口利きしてくれたのだろうか。

 そんな疑問さえ抱きはじめた頃、誠司君は否定するように首を左右に振った。

「それは違うよ、小毬」

「えっ?」

 力強い声で言うと、誠司君は私の肩を掴んだ。

「弟に頼まれたからって、社内方針を無視して人事に口出しするわけないだろ? これは人事部の判断だ。今後、アメリカだけではなく世界各国に進出を目指しているから、幅広い人材を確保して秘書課はもちろん、開発部や営業部といった新入社員がほとんど配属されない部署にも、積極的に配置していこうとなったんだ」

「社長から海外進出の件は副社長中心に進めるよう、お達しがございました。今後、いろいろな国の方とのやり取りが発生します。そこで五か国語を話せ、秘書に必要なスキルをたくさんお持ちの荻原さんが選ばれたわけです」

 誠司君に続いて山浦さんにも言われたものの、すぐには納得できない。だって……。

「でもさっき、将生に頼まれたって……」

 そうだよ、誠司君はたしかに私にそう言った。本当はどうなの?

 すると誠司君に代わって山浦さんが話してくれた。