かりそめ夫婦のはずが、溺甘な新婚生活が始まりました

 結局誰にも声をかけることなく空いている端の席に座り、受付で渡された資料に目を通して入社式がはじまるのを待つ。

 すると隣の空席に誰かが座った。

「ふぅ、ギリギリセーフ」

 思わず隣を見ると、資料の入った封筒で仰ぐ男性の姿があった。走ってきたのか、せっかくセットされた髪は少し乱れていて、額には汗が光っている。

 私に気づくと目が合った彼はニッと白い歯を覗かせた。

「初めまして。俺は野沢(のざわ)豊(ゆたか)。これからよろしくな」

 フレンドリーに話しかけられ、戸惑いながらも私も自己紹介した。

「あ……私は荻原小毬です。よろしくお願いします」

 緊張から同い年なのに敬語で挨拶をしてしまうと、野沢君は目を瞬かせたあと、声を上げて笑い出した。

「アハハッ……! タメなのにどうして敬語? もっと気軽に絡んでよ」

「えっと……」

 そういえば私、女友達はたくさんいたけれど男友達って呼べる人はひとりもいなかった。共学でもほどんと話をすることもなかったし、こうして気さくに話しかけられることもなかった。

 だからこういう時、どういったノリで返せばいいのやら。

 うまく答えられずにいると、野沢君は私の緊張を解くように話し出した。

「って言ってもこれから入社式なのに、悠長に話している場合じゃないよな。ごめん。俺、緊張すればするほど口が止まらなくなっちゃってさ。……つまりその、ものすごく緊張しているってこと」

 人差し指で頬を掻きながら苦笑いする彼に、思わず笑ってしまった。