「そっかそっか、それじゃ仕方ないね。弟夫婦の仲が良いことに越したことはないし。山浦さん、どうにかスケジュールを組んで早めにやりましょう」

「はい、そうですね」

 ふたりに微笑ましい眼差しを向けられ、非常に居心地が悪い。今夜は将生と約束をしているわけではないし、なにより決して今は夫婦仲が良いとは言えないのだから。

 ちょうど就業時間終了を知らせる鐘が鳴り、誠司君に「小毬、早く上がりな」と背中を押された。

「戸締りは私がやりますので、荻原さんはどうぞお上がりください」

 ふたりにそう言われては、上がらないわけにはいかない。

「すみません、ではお先に失礼します」

 身支度を整え、ふたりに見送られて秘書室を後にした。

 終業時間を迎えたばかりの廊下は、オフィスから漏れる音や声で騒がしいものの、人はほとんどいない。

 スムーズにエレベーターに乗れて一階に着いた。

 一度足を止めて、スマホを確認する。だけどやっぱり将生から連絡はきていなかった。

 もしかしたら本当に今夜も帰ってこないかもしれない。 まさかこのままずっと帰ってこないってことはないよね?