かりそめ夫婦のはずが、溺甘な新婚生活が始まりました

 そう言うと敬子は今にも泣きそうな顔で私を見つめた。

「私に言えないようなことなの?」

「敬子……」

 ズキッと胸が痛む。

 どうしよう、なんて答えたらいい? 正解がわからなくて口を結んでいると、野沢君が空気を変えようと明るい声で言った。

「本当になにもないよ。田澤はどうしてそんなに気になるんだ? そういえばこの前も、俺と荻原が一緒に出勤したことを気にしていたよな」

 敬子の気持ちを知らない野沢君は、素直に思ったことを聞いたんだと思う。でもそれは敬子にとってどうなの? ……伝わらない気持ちが苦しい? つらい?

 そんなの、誰かを好きになったことがない私にでもわかる。

「ごめん、帰るね」

「敬子っ!」

 逃げるように去る敬子に、野沢君は混乱している。

「え、どうしたんだ? 田澤。俺、なにかまずいことを言っちゃった?」

「ううん、違うと思う。ただ、その……」

 フォローしなくてはいけないと思いつつも、それよりも敬子のことが心配でたまらない。

「とにかく大丈夫だから!」

 一方的に言い、敬子を追った。

「あ、おい荻原!?」

 背後から野沢君の声が聞こえてきたけれど、振り返ることなく急いで敬子のあとを追う。