「これはただの例えだ。死以外のことであれば、細くとも道はある。

だから、どうか逃げて欲しい。逃げること自体は全く悪いことではない。
むしろ、逃げ出す勇気があるのは素晴らしいことだ」



神様の思いが、どんどん自分の中に流れてきた。

神様も苦しいこと、辛いこと、嫌なことがあっただろうに、自分の終わらない人生の上で、ずっと人々を支え続けている。


優しすぎるんだよ、神様……。


神様はまた私の瞳を吸い寄せた。

涙と鼻水で汚れた顔なんて、見られたくないのに、それよりももっと大切なことがある気がして、話に集中した。


「舞が嫌なら避ければいい。それがお前にとって正しい道となる。ここに残ってもいい、元の世界に帰って頑張ってもいい、死を選んでも……」


最後の言葉は、「いい」とは言わなかった。神様だから、私の言うことを尊重したいと思っているけれど、本当はそんなことして欲しくない、という気持ちが痛いほど伝わってきた。


「私は……神様と離れたくない。……でも、私はこのまま立ち止まったらいけないと思う。ちゃんと向き合いたいと思う。
向き合って、前に進みたい。動かないと、何も変わらないから」



これがきっと、本心だ。神様が私の心の引き出しを開けてくれた。


ああ、もうお別れなんだ。


受け入れ難い運命を、私は悟ってしまった。



「でも…まだわからない。目的地が見えないままだから」


私は自信がなかった。戻っても同じことを繰り返してしまう気がしてならない。


すると、神様は私の両手を優しく包んでくれた。


「大丈夫。思い出して。舞は、この神隠しで何を感じた?何をやりたいと思った?何が楽しかった?」


この、神隠しで……。


走馬灯のように駆け巡る思い出。
きっと、まだ数時間しかたっていないだろうに、新しい物事をたくさん見た。


喋る面白い白狐たち。

ファッションセンスがなく、言葉の通じない狐。

地獄から迷い込んだ鬼。

白い鳥居の階段と風鈴。

元人間のおじさん。

頂上で加護を授ける神様と、知らぬ間にそれを受け取っている人々。


そして…変人で子供っぽいのに、実は相手のことを一番に思いやれる優しい神様。