鳥居の道標


「もう駄目だと思ったね。自分も両親の元に行こうと思った。でも死ぬ勇気もなければ、退職する勇気もない。

酒に走って、ベロベロに酔っ払って、今度は本当に走り出したくなって走った。
ってことまでは覚えているんだけど、お酒のせいか気がついたら朝で、白い鳥居の前に倒れて寝ていたんだ」



なんだか、私と似ていると思った。お酒に走ってはいないし、ここまで壮絶な人生でもないけれど、苦しくて、逃げ出したくてここ辿り着いたのは同じだ。


「それで、標様と出会ったんだ。まあ最初は色々と振り回されたね」


部屋の隅に置いてある紙袋を見てそう言った。白狐たちもうんうんと頷いている。


「変な音のする風鈴を耳につけているし、服装はおかしいし、本当にやばい神様だと思ったよ。

でもね、標様は全てわかっていらっしゃった。
ああやって弾けてらっしゃるが、それは全て、やって来た人間に悟られないように悩みを解決し、その人の決断した道へ歩ませるため。
それがあの方の優しすぎるやり方なんだよ」



それを聞いて、私は今までのことが全て繋がった気がした。


おちゃらけて、子供のようにはしゃいで、人の話は聞こうともしない。


でも、そうやって私の気を許して、知り合ったばかりなのにこんな怪しげなお店にまで着いてきた。


本当に大事なことは全てわかっていて、小鬼のこともいち早く見つけて助けてあげていた。


本物の神様だ。


何故か目頭が熱くなってきて、おじさんの顔がぼやけてくる。頬に生暖かい雫が落ちてきた気がした。


おじさんは何も言わずに、傍にあったティッシュ箱を渡してくれた。


「す、すみませ……。続きを、お願い…します」


鼻をすすり、目を擦った。おじさんは程よいタイミングで、再び口を開く。


「標様は、正しい道というものは教えない。その人が決めた道が、より上手く進むように、相応しい道順を示してくれるんだ。

目的地は自分で決めて、標様はその道順を教えてくださるだけ。
僕は、もうあちらの世界に帰りたくなかった。
帰るのが怖くなってしまったんだ。だから僕は、この世界で生きるという道を選んだんだ」


おじさんは、この道に進んで幸せだと言いたげだった。


ただ、少しだけ疑問に思った。


ここに来たのは三十年ほど前の話。それは新入社員の頃だと言っていた。

今、おじさんの身なりは五十代に見える。他の神様や生き物たちは、誰一人老いていないのに。