「えっと、左狐か右狐に聞いたかな、この世界のこととか今まで何人もの人が来たとか。あと、標様のことも」
「あ、神様のことだけ知りません。というより教えてくれません」
神様は笑いながら誤魔化し、「ちょっと外に出てくる!舞、ゆっくり話を聞け」と言ってさっさと出ていった。
おじさんと白狐はやれやれといった様子だったが、こんな初対面の人と一緒にいるのは少し気まずい。白狐たちがいるからまだいいけれど。
「まあ、つまりはねお嬢さん。標様は、迷った者たちを導く、道標の神様なんだよ」
「道標?」
「そう。それを踏まえた上で、僕のこれまでの人生を話していくね」
正直、おじさんの人生なんてこれっぽっちも興味がなかった。
でも、神様がいつもここに連れてくると言うくらいなんだから、なにか理由があるのだろうと思い、私は背筋を伸ばして話を聞いた。
「僕の父は風鈴を作る職人だったんだ。高校一年生の時、初めて風鈴を作った。形は歪だったし音も濁っていたけれど、凄く楽しかったんだ」
チリン、と壁に飾られている風鈴が音を立てる。
よくよく周りを見てみると、色とりどりの風鈴が並んでいる。
「でも生活は苦しかった。だから父は僕に風鈴職人を継がなくてもいいと言ったんだ。
自分でも、これから一生生活が厳しいのは嫌だったから、普通に会社員となる道を選んだ。
でもそこは酷い会社だった。暴言暴力、残業で会社に寝泊まりの日々、少ない給料。
当時は当たり前のようになっていて、自分が社会についていけないのが悪いんだと精神的に落ち込み始めていた。
そんな時、追い打ちをかけるように両親が事故で亡くなったんだ」
ほんの数分で壮絶な人生の一部を聞かされた。おじさんは苦笑いをしているが、こちらはどういう反応をすればいいかわからない。
ただ真剣に、話の続きを待った。



