「ああ全く。だから標様に待っとれと言われたであろう!」
肩からぴょんっと地面におりた白虎に怒られる。
すると神様はガラスに触れるかのように、そっと私に手を差し伸べてくれた。
「大丈夫か? 苦しくないか?」
「あ……はい」
力の抜けた声でそう答えた。差し出された手に自分の手を重ね、引かれるままに立ち上がる。
「あの、さっきのは……」
聞いていいものかわからなくて遠慮がちに聞いてみたが、神様は「ああ」と察してくれたようだった。
「あれは地獄の見習い鬼だ。鬼にも色々あるみたいでな、ここに迷い込んでしまったらしい。
ただ地獄の使いである鬼が、神隠しにあって、このような聖なる場所に長時間滞在すると、消えてしまう可能性がある。
だから、奴にとって相応しい道に帰したのだ」
まだ手を握ったまま、なんてことないというようにサラリと答える神様。
先程の余韻なのか、再び心臓が飛び跳ねて暴れている。
鳥居の階段、数々の美しい風鈴、神様の綺麗な横顔、どれも目に焼き付いて離れない。
耳の奥で、あの優しい声が繰り返し再生されていた。
いや、これはさっきの余韻だ。絶対そうだ。苦しかったから、きっとそれが怖くて忘れられないだけ。
「そ、そういえば! どうして苦しいってわかったんですか!?」
じわりと滲み出ていた手汗を誤魔化すように手を離し、少し俯いた状態で神様に質問する。
なんだか顔が火照っている気がして、神様を見ることが出来ない。
視界に入っているのは、同じ角度で首を傾けた白狐たちだけだった。
神様の「うーん」と考える声が耳に入る。
「まあ、それは後でだな! あの店に行こう!私がよく寄る店だ!」
綺麗で優しくてかっこいい神様が、質問をはらぐかすように一瞬で子供に返る。
せっかく離した手をまた掴まれ、今度はスキップを始めた。
まるで幼稚園児の遠足だ。手を繋ぎながらスキップだなんて。
そんなことを考えていると、途中でいきなり立ち止まり、顔を覗き込まれた。
何かと思って首を傾げると、神様はニッと白い歯を見せて笑った。またスキップを再開し、今度は鼻歌を歌い始める。
それに合わせて、耳元の風鈴もチリチリと踊った。
神様、あなたは一体何をしたいんですか?
こんなことして、何が楽しいんですか。
暴れ狂う心臓を、なんとかして落ち着かせようと視線を落とした。
そこには、背中にはひとつずつ、神様の忘れていた紙袋をのせた白狐たちが、せっせと走っていた。
「紙袋、服、右狐、左狐。紙袋、服、右狐、左狐……」
「なにをブツブツ言っとるんじゃ」
恐らく左狐と思われる白狐に、白い目で見られる。
それでも馬鹿げた感情を打ち消すのに必死で、呟き続けた。



