鳥居の道標



 狐は紙を地面に置いた。今度はそのピンク色の部分に小石を置いた。


「霊感のある者がワシらを見るのと神隠しでは、決定的に違うところがある。
それは肉体の存在位置じゃ。霊感のある者は見えるだけで、肉体はそのままの場所にある」


ピンク色のところから動かない小石を眺めていると、白狐がそれをつまみ上げ、次は赤い部分に置いた。


「ところが神隠しは、肉体ごとこちらの世界、つまり白い紙の部分に飛んでしまうのじゃ。
さっき言ったろう? 白い紙であるワシらの世界は、普通の人間には見えないと……」


赤い部分にあった小石は、白狐に操られ宙を舞い白いスペースに移動する。


 だんだんと声を低くして話すその内容に、血の気が引いていく感覚を覚えた。


 そうだ。夢だと洗脳して、考えないようにしていたが、神様に手を引かれて石段を上る途中、何人かとすれ違ったが、こちらを見向きもしなかった。


 普通、人間があんなに勢いよく石段を駆け上っている姿を見たら、どうしたものかと変な目で見られるはずなのに。


走っても疲れない。真冬にTシャツを着ていても、寒いと感じない。暑いとも感じない。


それは同じ世界に見えても、違う世界だということを表していた。


 がやがやと騒がしい商店街の真ん中で、一人背筋が凍った。

手のひらは冷たくなり、スッと冷や汗が流れる。周りの音が妙に大きく聞こえて、私を囃し立てているように感じた。


「帰れ……ないの?」


 蚊の鳴くような声で、つぶやいた。足元の狐は紙を持ったまま、不思議そうに答える。


「帰りたいのか?」


「そりゃあ……」


 まるで、ここに来た人はみんな帰りたくないと思うのが常識だと言わんばかりの表情だった。


逆にいきなりこんな変な世界に来て、帰りたくないと思う人なんているのだろうか。


「それは本心か? 神隠しに合う人間や、特に標様の元に呼ばれる人間は、何かしら理由がある。標様はその内容をご存知じゃろうが、解決するまで帰れんと思うぞ」


 振り返り、神様を探すと、相変わらず店を転々とし、品物を手に取って確認している。すでにその手には、紙袋が二つあった。


「あの神様、絶対わかってないよ。ていうか、私のこと完全放置じゃん」


「こりゃ! あれでも一応神様なんじゃぞ! それにな、標様を舐めたくなる気持ちはわからなくもないが、本当に素晴らしい方なんじゃ」


「仕えてるのに、右狐も神様のこと舐めるんだ」


「ワシは左狐じゃ」


 いや、このそっくりの見た目でどう見分けるというのだろう。まるでコントのようなツッコミに笑ってしまった。


 出会った当初は、右狐に『なぜこんな奴の方が上なんだ』と言われていたが、少しだけ理由がわかった気がする。


「見分け方わかんないよ。そっくりなんだもん。あと左狐、この世界の説明上手いね」


「これまで何千年と標様にお仕えして、人間の世話をしてきたからのう。

最初のころなんぞ、理解してもらえるまで数日かけて説明と体感をしていたからな。

いつしかの人間に『左狐は〝じゃ〟とか〝こりゃ〟という言葉が多い』と言われたことがあるから、そこで見分けるしかないんじゃないかのう」



 それは見分けるというより聞き分けてるんじゃないの、と思ったが言わないでおいた。正直、これからも区別できる気がしない。