秋分の日もとうに過ぎ、肌寒さとを覚えるのと同時に静かな夜が忍び寄ってくる。僕が一番好きな季節だ。夏や冬に比べると短い。だが、それが少し特別に感じるのは僕だけだろうか。

 今日はその時期でも特に好きな日だった。涼しい徒も寒いとも言える日の曇り。冷えた風が僕のもとへ運ばれてくる。こんな日の風は他人の秘密を運んでいるようで心地良い。



  人は皆、秘密を持っているものだ。



  良いことも、悪いことも。



  言いたいことも、言えないことも。



  忘れたい秘密も、あるだろう。



  それを実感させてくれる風だ。



  そんなことを考えながら歩いていると、周りが少しいつもと違うことに気がついた。あぁ、さっきの角を間違えて左に来てしまった。こちらの道からも帰れるが、少し遠回りだ。今日は部活のあとに若い国語教師に捕まってしまい、帰りが遅くなったので早く家に帰りたかったのだが。この時期に日が落ちきってから犬の散歩にいくというのは、寒がりの僕にとって少しきついのだ。仕方ない。急いで帰って散歩も早めに切り上げようかと考えつつ足を早める。




  (ん、この匂いは……あ)



(金木犀か……? なんだか懐かしい気がする…)




  ふと思い出して、近くの電信柱へ目をやる。この電信柱の向こうは林になっている。僕の家と最寄り駅の間にある神社と約100メートル北にある小さな山――殆ど丘のようなものだが――を繋ぐように存在する林だ。この林があるために、僕は家に行くにも駅に行くにも、神社の周りをぐるっと迂回しなければならない。林があろうと神社を横断できればその必要はないが、厄介なことにその林は神社のある丘の外周を囲っている。石階段のある南は林が途切れているが、家があるのは神社の東で駅は神社の西だ。丘周辺の林はともかく、この繋ぎ目の林は密林と言いたいほどに木の密度が高い。小学生でも入りたいと思わないだろう。
 そんな、迷惑で僕にとって身近な林に初めて懐かしさを覚えたことに違和感を感じたが。




(確か、この電信柱から3つ左のこの木……)




  この木は他の木と違い、隣の木に接していて目に止まりにくい位置の枝が無かった。今年で17の僕――身長は平均――の腰辺りから下の枝が切り落とされている。目立たないが気づく人は気づくだろう。



  『ここをくぐって行けば、紅葉もみじを辿るといいよ』



  耳元で囁かれたかのようにはっきりと分かる。



  なんの疑問も抱く暇無く僕の足は金木犀の香気を帯びた土を踏み進んでいた。



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