俯かせた眼の先に婚約指輪のままの薬指が映る。
マリッジリングは結婚式まで取っとこうって二人で決めて。ゴールデンウィーク過ぎたら、最後のリハーサルだって待ってんのに。

「オレもすごく心配かけちゃって、きっとカナをいっぱい泣かせたなぁ。・・・でも」

無意識にリングを指でなぞってたのを、隣りに視線を戻した。

「ホンモノは壊れない。・・・そう信じるからオレはここにいられるんだよ」

儚そうに微笑んだ千也さんはフロントガラスの向こうを見つめ、青に変わった信号を直進させる。

あたしは黙って聴いてた。
夜の香りはするのに闇の匂いはしない人。掴みどころがないようで、ぜんぶが素に見える。今日初めて会って、どこの誰かってぐらいしか知らない。けど。その言葉は鎮痛剤みたいにじわりとなにかを和らげた。

それでも真なら分かってくれる。信じてるからここにいる。・・・胸の奥で呟いたら、張ってたものが(ほど)けてく気がした。



それきり会話らしい会話はしなかった。いくつか右折や左折を重ね30分ほど走った頃。カフェとおぼしき地中海風の建物脇の駐車場へと車が滑りこむ。

「晶さんがお待ちかねかな」

品の良さそうな腕時計で時間を確かめると、千也さんはあたしの背に軽く手を回し、扉をくぐった。