最初は仁兄のお世話係的ポジションで、書類の破棄やメールの代理返信、電話の取次ぎくらいが関の山だった秘書の仕事も、最近はアポイントのない来客の対応もするし、代表者指名の電話はぜんぶ回してもらって、あたしが分別するようになってる。

そのおかげか他の女子社員と話すきっかけも増えて、相手の警戒バリアも薄くなりつつあるカンジ。とは言っても仁兄に特別扱いされてんのは周知の事実で、白線の内側からはまだ1.5mくらい間隔を開けられてるけど。





その日は、仁兄は哲っちゃんと、どこかの“先生”の昼食会に呼ばれて登社しない予定だった。
新年度が始まる春先は、顔ツナギ的なそういう機会が多いらしく、“顧客”獲得も大事な仕事だって聞いた。真もここんとこ夜の接待で遅かったりするし、普通のサラリーマンと苦労は一緒だなってつくづく思う。

OLしてた頃と同じに、出社したら6帖ほどの執務室の中を軽く掃除してから雑務に取りかかる。ちなみにあたし用の小ぶりなパソコンデスクは、仁兄のオフィスデスクの脇に横付けになってて、ときどき顔を出す川原専務がやりにくそうなのがちょっと気の毒。

ぽつぽつとフロアから回ってくる営業電話を受けたり、使わなそうな資料をまとめておいたり、地味な作業をこなしていると一本の内線がかかってきた。

『・・・あのう、お客さまがお見えになってます』

投資営業課の女子社員からだった。
もちろんアポなし。取りあえずどんなセールスでも話は聞くけどね。

「飛び込み営業ですか?」

たまに銀行の担当さんが立ち寄ることもあるし、いちおう相手を確かめてみた。
すると彼女が、声を潜め気味におずおずと言う。

『いえ・・・、臼井さんにお客さまです』