「ありがとう……ありがとう、学」

「時間がない。すぐに行くぞ」


強く頷き返した私は、学と一緒に階段がある場所に向かった。

けれど、下に降りるにつれて海水が足首から膝の辺りまで上がってくる。

足を取られてなかなか進めない私の手を学は力強く引いてくれた。

こうしてなんとかホールにやってきたものの、人はひとりも見当たらない。


「もう逃げたのかもしれないな」

「学、ごめんね。萌のせいで、無駄足踏ませちゃって」

「俺が選んでここまで来たんだ。人の意志で決めたことに、罪悪感を抱く必要はないだろう」


学は私の手を握り直すと、ホールの出口に向かおうとした。

でも船がまたグラリと揺れて、その拍子に大量の海水が流れ込んでくる。


「あっ」

「……っ、俺に掴まれ!」


私を抱き寄せた学は、そのまま海水に足を取られてホールの壁に背を強く打ってしまう。


「ぐっ」

「学! 学、大丈夫!?」

「平気だ。とにかく、急いで上がったほうがよさそうだな」


学は立ち上がる際に顔をしかめた。

きっと、背中が痛むんだ。

私はぐっと唇を噛んで、学の腰に手を当てて支える。


「助けてくれてありがとう。学、かっこいいね」

「こんなときにふざけている場合か。ほら、足を動かせ」


本当にそう思ったんだけどな。

私は苦笑いしながら、学と階段を目指す。

けれども、だんだん水は腰まで上がってきて進むのが厳しくなってきた。

冷たい……手足の感覚がなくなってきた。

唯一熱を感じるのは、繋いだ手の温もりだけだ。


「花江、平気か?」


ときどき、私を気遣うように学が振り返る。

私は笑みを返すけれど、それも難しくなってきた。


「あっ……」


私はなにかに足をとられて、その場に転んでしまう。

すぐに学が引き上げてくれたけど、どこかに靴を落としてしまった。

しょうがない、裸足でも歩かないと。

学には報告せずにそのまま足を進めていたのだけれど、なにか尖ったものを踏んだのか、チリッとした痛みが足裏に走る。


「……っ」


海水が染みるっ。

痛みを堪えていると、学は足を止めた。


「花江、じっとしていろ」

「え?」


顔を上げると同時に、学は腕に私を乗せるようにして抱き上げる。