たとえ君が・・・

少しして、渉は多香子から体をはなした。
「悪い。」
「いいえ。」
ぎこちない空気のまま渉は多香子に患者のことを託して医局へ戻った。


多香子は手術室の前の椅子に座り込む。

ぼーっと前を見つめながら、なぜか鼻の奥がツンと痛んだ。

あ…これが泣きそうって感覚だった…。冷静にそんなことを考えながらしばらくそこから動けなかった。

涙は出ない。



でも、なぜか『泣く』という行為を思い出せた瞬間だった。