渉の車が停まったのは、渉、慶輔、多香子の勤務していた総合病院だった。

地下の駐車場に車を停めると渉は助手席のドアを開けた。
シートベルトを外して車から降りようとする多香子の首に自分のマフラーを巻き、上着の首元をぎゅっとしめる。

今の渉にはそんなことくらいしかしてあげられない。

多香子は小さく「ありがとう」というと、ゆっくりと車を降りて歩き出した。

渉はまだ時々この病院で産婦人科の難しいケースの手術を手伝うことがある。同じように現在の病院でも総合病院の産科から人員や機材をかりることもあった。そのためいつでも病院の中に入ることができ、多香子も勤務していたため二人の顔を知っている職員は多い。

二人は歩きなれた病院の中を抜けて、屋上へ向かった。

そこは、診察で何かがあると渉と多香子がよく向かっていた場所。渉が多香子を好きになり抱きしめた場所。慶輔が多香子に想いを告げた場所。多香子が慶輔の余命を知り涙した場所。

2人にとっても慶輔にとっても想いでの場所だった。