夕月庵の店主であり、甘味四天王の一人でもある薄井 成平、この男は新年早々スランプ期に入っていた。
 この事にいち早く気が付いたのは予約していた和菓子を取りに来た翠だった。

「薄井さん、今日はまた一段と酷いですね」

「Heyらっしゃい! かんぴょう寿司お待ち!」

 成平は貴族が着るようなビシッとした黒服にキョンシーが被っていそうな中華な帽子を被った装いで翠にかんぴょう寿司と言いながらネギトロの軍艦巻きを差し出した。
 全てはめちゃくちゃだった。

「はあ、頼んでませんよ。薄井さんは和菓子屋でしょ? 何お寿司出してるんですか」

「Heyーyo オイラはしがない和菓子屋さん、ただいま絶賛迷走中!」

「・・・・・・変なラッパー風になるのやめて下さいよ。韻とか全然踏めてないじゃないですか。今度は何に悩んでるんです?」

「新年と言えばー、餅喰いねえ!」

 成平はそう言って翠に餅を差し出した。
 しかし、それは何も加工されていないただの餅だった。

「うーん、餅ですか。一人で試食に付き合うのも大変ですし、ここは皆さんの力を借りましょう」





「で、呼び出されたのは毒味の為ですか」

 冷ややかな目で冬真はそう言った。

「い、いえ! 薄井さんは少なくとも食べられない物は作らない筈ですし、ここは一つご協力をお願いします」

「冬真、いいじゃん、餅なんて楽しみじゃん。お正月らしいし」

 陽太は楽天的な思考でそう言って、冬真の肩を叩いて宥めた。

【お餅! 食べたい!!】

「ほら、月島さんもそう言ってる事だし」

「はあ、お前らな・・・・・・」

「・・・・・・おー、餅食いに来てやったぞ」

「・・・・・・僕までいいのでしょうか? お邪魔します」

 後続で店にやってきたのは夏輝と時雨だった。
 二人は店の奇抜な内装や店主のおかしな格好に驚きつつも冷静を装った。

「では、薄井さん、早速お餅をお願いします」

「Heyお餅!!」

 目の前に出てきたのは大福みたいな餅だった。
 ただ一点、普通の大福と違うのは色が煮え立ったマグマの如く真っ赤な色をしていた事だった。

「ああ? 随分と赤い餅だな」

 夏輝はその餅を手に取ると、何の疑いもせずに口に放り込んだ。

「あっ! 夏輝、それは・・・・・・」

 翠が止めようとしたが完全に手遅れだった。

「ん、何だ? 苺味・・・・・・ぐっ、があああぁああーーー、水っ、水っ!!」

 水を求めてのたうち回る夏輝に翠は水を渡した。

「夏輝、どう考えてもあの餅は凶器じゃないですか、ダメですよ迂闊に一口で食べてしまっては」

「かっら! 何だあの辛さは!! 最初に苺の味がするのもフェイントみたいで腹が立つ! 口の中がまだ痛い」

 翠は成平にこの大福が何なのか問いただした。

「ハバネロとかジョロキアとかの色んな唐辛子と、最後の慈悲で苺ペーストで味を整えた特別なあんこ入り大福だぞ♡」

「そんな可愛く言ってもダメですよ、危ないものは作らないで下さい」

「おい、やっぱり毒味じゃないか、こんな茶番に付き合ってる暇はない」

 成平は帰ろうとする冬真の手を掴み引き止めるとその手に餅を乗せた。

「そんな君にはHeyお餅!」

「これは何だ?」

 それは雪の結晶の様な形をしたものだった。
 透明感や冷気まで感じられ、餅というよりも本当に大きな雪の結晶と言った方がまだ説得力があった。
 冬真はさっきよりかはまだ安全そうに見えたので、好奇心から一口その結晶を齧ってみた。

「・・・・・・冷たくて硬い。これは本当に餅なのか? 本当にただの氷を食べているみたいだ。無味無臭だし」

「何それ、見たまんまだな」

「氷を忠実に再現してみまーしたー」

「餅だと言うのが信じられないだけで、わざわざ買う人間は居なさそうですね」

 翠は呆れた様に溜め息を吐いた。

「そんな若旦那にはHeyお餅!」

「・・・・・・こ、これは!」

 それは一言で言えば芸術だった。
 まるで庭園を思わせる緑の芝生、その中心にある小さな池、風流な鹿威し、彩り豊かな花々。
 そこにはミニチュアサイズの日本庭園があった。

「あのつ、薄井さん、これ、本当にお餅なんですか? あまりの素晴らしさに勿体なくて食べられないのですが」

「おうよ、ちょっと待てよ、この鹿威しに水を注げばカコーンって音がする筈なんだ」

 成平は鹿威しの竹にそっと水を注いだ。
 そして、竹がお辞儀をして元の位置に戻ると確かに音はした。
 しかし、それはあまりにま小さな音だった。

「ガッデーーム! もっと大きな音がするものを作らねば!!」

 そして、成平は翠が餅を食べる前に拳を振り下ろし、ミニチュア庭園をぐちゃぐちゃに壊してしまった。

「ああああ! 勿体ない」

「そんな事よりHeyお餅!」

 今度はどこからどう見ても普通の桜餅が出てきた。

「おっ、桜餅じゃん、俺桜餅好きなんだよな」

 そう言って陽太は桜餅に手を伸ばした。

「お、おい! 何かの罠かもしれないぞ、気を付けろ」

 冬真は警戒した様子だったが、陽太は気にもとめず桜餅を口にした。
 味も香りも普通の桜餅、だが、それを食べた陽太は見る見るうちに顔が青くなっていった。

「春野君! 皆下がって!」

 陽太は喉に桜餅を詰まらせていた。
 時雨はそれに誰よりも早く気が付き、陽太の後ろに周り、腹部に腕を回すと勢い良く突き上げた。
 すると、陽太の口から桜餅が吐き出された。

「かはっ! はあっ、はあっ・・・・・・死ぬかと思った。先生ありがとう」

「一体、何があったんですか?」

「それが、この桜餅、スーパーボール並に弾力がありすぎて噛み切れなくって、つい飲み込んだらこんな事に」

 その場に居る全員が成平の作る餅に恐怖を感じた。

「えーっと、そろそろ僕は帰ろうかな、うん、餅はまた今度」

 時雨が逃げようとした時、成平は時雨の前を遮った。

「そう言わずにHeyお餅!」

 時雨の前に差し出されたのは紅葉やイチョウの葉を模した餅だった。

「見た目は普通ですね」

「普通が一番恐ろしい気が・・・・・・」

 時雨は恐る恐る餅を口にした。

「一応、食べられますね。パリッとした食感は新しいですが味は・・・・・・、良く分かりませんが甘くもなく独特な臭みというか、香ばしいと言いますか」

「そいつは枯葉の成分を忠実に再現した枯葉餅DA! 栄養分は勿論、土臭い風味も再現してある」

「つ、土臭い・・・・・・うーん、今までで大分マシですが、商品化とまではいかないでしょうね」

「なぬー、自信作なのによー。ならばこいつが最後だHeyお餅!」

 皿に乗った餅を見て、皆感嘆の声を上げた。
 それは愛らしい兎の形をした餅だった。

【可愛い!! 食べてみたい!】

 ほのかは迷わず餅を手に取った。

「待って! 先に誰か毒味を!」

「そうだ、また飲み込めないくらい硬かったらどうするんだ」

 陽太と冬真が慌てるがほのかは平然とした顔をしていた。

【スプーンですくえる位柔らかい】

「はあ? そんなの餅って言えるのか?」

 ほのかはゆっくりとその餅を食べた。
 柔らかくて、甘くて、喉越しもツルリとして食べ易い。

【ミラクルデリシャス!!】

 その餅とは思えない柔らかさは神の領域に達していると思う程だった。

「どうやら一つ位はまともなのがあったみたいですね」

「おー、嬢ちゃん、もっと食うか?」

【食べる!】

 ほのかは成平に差し出されるがまま餅を食べまくった。

「そんなに美味いか、やー、良かった良かった。病人用に作った超ハイカロリー餅だ。それ一個で二千キロカロリーあるからな」

 その言葉にほのかは手元にあった餅を落とした。

「普通の餅の約十倍のカロリー量だな。一つで一日に必要なカロリー量がほぼ賄える訳か」

 冬真が言った言葉に驚愕したほのかは今までに食べた餅の数を数え震えた。

【感動を返して欲しい!】

 ほのかは暫くダイエットをしようと考えた。




 その後、成平の作った餅は病院や宇宙食の採用にまで検討され、メディアでも話題になった。
 カロリーや栄養素の改良がなされ実用化も目前だという噂が流れたが、そうすると結局は既に市販されているゼリー飲料と変わらないという声もあり、お蔵入りとなったのであった。