ほのかがお風呂に入っている間、陽太は落としたケーキを片付け床を綺麗に磨いた。
 廊下をヒタヒタと歩く音がし、陽太はほのかが戻って来たと気が付いた。

「おかえり・・・・・・、!」

 湯上りで半乾きの髪、血行が良くなった紅色の頬、ダボダボの自分の服、自分がいつも使っているのと同じシャンプーや石鹸の筈なのに立ち上る香りに陽太はドキリとした。

【お風呂と服ありがとう】

「うん、ごめんね、妹の部屋は鍵掛かってるし、母さんの服はサイズ合わなそうで・・・・・・てか俺のもサイズ合ってないけど、服が乾くまではそれでいいかな」

【大丈夫! ふかふかしてて暖かい】

 陽太は再びケーキを買いに行くのを考えたが、この時間にもなるとどこも売り切れが予想出来た。

「ケーキなんだけどさ、たまたま冷蔵庫に生クリームもあって、苺もあるしで・・・・・・自分達で作ってみない?」

 思わぬ提案にほのかは不安そうな顔をした。

【楽しそうだけど、作れるかな?】

 ほのかは以前パンケーキでさえ失敗した事があった。
 もし、ここに時雨が居たならばサクサクと作ってしまうに違いない。

「それがさ、俺達みたいな初心者でも簡単に作れる方法があるみたいなんだ。ほら」

 そう言って陽太はほのかにスマホの画面を見せた。
 そこにはオーブンすら使わずにスポンジケーキを作る方法が書いてあった。
 これなら誰でも出来そうだとほのかは顔を明るくさせた。

【すごい! これなら作れそう】

「だろ? じゃあ早速やってみよう!」




 ほのかと陽太は料理サイトにあるレシピを見ながら手順通りにケーキ作りをしていた。
 陽太はハンドミキサーを使い材料を混ぜ、ホットケーキミックスを更に加えた。

「えーと、あとはこれを炊飯器にセットすればオッケーと」

【こっちもフルーツ切れたよ】

 ほのかは刃物に細心の注意を払いながら苺を丁寧に切った。

「よし、生クリームは作ってあるからあとはスポンジケーキが出来るのを待つだけだね」

 二人はリビングに移動しソファに掛けてケーキが焼けるのを待った。

「こんなクリスマスは初めてだよ。今年は一人寂しく過ごす筈だったから・・・・・・月島さんとクリスマス過ごせて嬉しい」

 顔を赤らめ声がしりすぼみになりながら陽太は呟いた。

【こちらこそ】

「月島さんは? 今は一人暮らしなんだっけ?」

【去年までは家族とレストランに行ったり。でも今年は一人の予定だったから誘ってくれて嬉しかった】

 陽太に誘われなければ今頃コンビニでチキンとケーキでも買って一人寂しくクリスマスを過ごしていたに違いないとほのかは確信していた。
 ほのかは陽太がいつもはどんなクリスマスを過ごしているのかが気になった。

【春野君の家では毎年どうしてるの?】

「うん、毎年は家族といつも過ごしてるんだ。母さんが張り切っちゃって凄いご馳走作るし、父さんはツリーの飾り付けをして、俺はケーキを買ってくる役で、日和は律儀に家族全員にプレゼント用意してて・・・・・・、まあプレゼントって言っても小学生の時は何でも言う事聞く券だとか、中学生になったらガチャガチャで出た被りのキーホルダーだとか、ほんと子供っぽくて・・・・・・」

 ほのかはそう言いながらもいい顔で話す陽太を柔らかい笑みを浮かべて見詰めた。

【いいな、本当に良い家族なんだって分かる。賑やかそうな家族で羨ましい、いっその事春野君の家族になりたいくらい】

「・・・・・・だったらなってよ」

 ふわりとした浮遊感に何事かとほのかは思ったが、気が付くとほのかは陽太に押し倒された形になっていた。
 陽太は切なげな表情でそっとほのかの頬に触れた。

「来年も、再来年も、五年後も、十年後も、その先もずっとずっと一緒にクリスマス、過ごしてよ・・・・・・」

 ソファを軋ませ、陽太はほのかの頬に触れている手を首筋へと滑らせた。
 ほのかはその感触にビクリと肩を震わせながら陽太の真剣な眼差しから目が離せずにいた。
 紅潮した顔に、壊れ物を扱う様な手に、甘い吐息に、その全てにほのかの頬は火照り、心臓は次第に火のついたエンジンみたいに早くなっていくのを感じた。
 ほのかは身動きが取れず、スケッチブックに文字を書く事も出来ず、ヒートアップ寸前の頭で陽太の言葉の真意を考えていた。

「月島さん・・・・・・、俺」

 その先を言おうとした時、家のインターホンが鳴り陽太は
 我に返った。
 これではまるでプロポーズとも取れる言葉に陽太は顔が更に熱くなった。

「うわぁっ! 俺、一体何を・・・・・・、ご、ごめん! 玄関行ってくる!」

 ほのかはまだ煩い心臓を鎮めるように胸に手を当てながら体を起こした。
 チャイムを鳴らしたのは事前に注文していたピザ屋の宅配だった。
 陽太はそのタイミングの悪さにピザを注文した自分を呪った。

「ご注文ありがとうございましたー」

「ご苦労様です」

 玄関の扉を閉じると陽太は顔を手で覆い、その場にズルズルとへたり込んだ。





 それから、二人はピザを食べ終わると焼きあがった後、粗熱を取ったケーキにデコレーションをした。
 たっぷりの生クリームを塗り、その上に苺や缶詰のフルーツを敷き詰めた。

「やっと完成!」

【美味しそう!】

 見た目はケーキ屋のものとは流石に比べられない不格好な形でクリームも滑らかに塗れてはいなかったが、ちゃんと完成した。
 その事だけで二人は感動していた。

「早速食べてみようか」

 陽太は今度こそ落とさないようにと慎重にケーキを運んだ。

「味はどうだろ」

 ほのかはドキドキしながらフォークでケーキを一口切った。
 スポンジはふんわりと柔らかく、生クリームはとても滑らかで、フルーツの甘酸っぱさが良いバランスを生み出していた。

【美味しい! 今までで一番美味しい気がする!】

「あはは、一番は大袈裟だよ」

【多分自分達で作ったからだと思う】

 確かにケーキ屋のプロが作るケーキの方が味もクオリティも良い筈だ。
 それでも、今日この日に食べたケーキを一生忘れない自信がほのかにはあった。

「あの、さ・・・・・・さっきの事だけど・・・・・・」

 急に真剣な瞳を向けられ、ほのかはさっきまで忘れていた熱を思い出した。

「さっきはごめん。なんか我を忘れてたって言うか・・・・・・。でも、冗談とかじゃないから」

 ほのかはその言葉にますます混乱し、そのせいでいつになく【それはプロポーズ?】と核心に迫った質問をしてしまった。

「プロッ!!?」

 陽太も突き詰められた質問に狼狽した。
 だが、陽太は意を決して言った。

「プロポーズって言うより、月島さんが家族だったらって言うか・・・・・・、友達だけど家族みたいなものって言うか・・・・・・、上手く説明出来ないけど、俺は月島さんだったらいつでも大歓迎だから! 月島さんさえ良かったら毎年クリスマスはうちの家族と一緒に楽しんでくれてもいいし、そうしたら寂しくないだろうし・・・・・・、あ、でもうちの家族ほんと煩いから嫌だったら・・・・・・」

 そう言うとほのかはくすりと笑い頭を振った。

【賑やかなのは好き。その時は是非またお邪魔させて欲しい】

「ああ、その時はまた一緒にケーキを食べよう」

 陽太はそう言っていつもの様に笑った。

 いつの日か、自分に家族が増えたとしたら・・・・・・。
 こんなにあたたかくて、優しくて、安らげる時間が持てるなら、それはきっととても素敵な出来事で・・・・・・。
 本当にそんな日が来る事を雪の降りそうな聖なる夜に祈った。