君の隣




「皆、片付けご苦労! ホームルームを始めるぞー」

 担任の福島は豪快に教室の扉を開くと、よく響き渡る声でそう言った。
 福島が教壇に立った時、冬真は行動を開始した。

「先生、ホームルームの前に提案があるんですが」

 冬真はいかにも優等生のお手本の如く真っ直ぐ綺麗に手を挙げた。

「おう、何だ学級委員、言ってみろ」

「前回の席替えから二ヶ月以上が経ちました。そろそろ席替えをしてはどうでしょうか?」

「おー、席替えか、確かにやってなかったな」

 席替えという言葉にクラスはどっと湧き上がった。

「いーじゃん、やろーよ席替え」

「ナイス氷室!」

 そんな声が上がる中、陽太は一人焦りを感じていた。
 そしてスマホで文字を早打ちし冬真にメールを送った。

【冬真の言っていた協力って、もしかしてこれ?】

 するとメールはすぐに返ってきた。

【その通りだ。暫く距離を置けばすぐ顔や態度に出るのもなんとかなるだろう】

「距離・・・・・・」

 冬真の言う通り、このままだと顔を合わせたり、話をしたりさえまともに出来そうにない陽太はほのかに誤解されてしまうのが目に見えていた。
 それに、授業にも支障が出る可能性があった。

「よし、じゃあ席替えするかー! 進行は学級委員に任せたぞ」

「はい」




「それで? 席替えはいつものくじ引きか?」

 担任の福島がくじ引きの時に使う箱を用意しようとしたが、冬真は「いいえ」と否定した。

「くじ引きもいいですが今回はあみだくじにしたいと思います」

「あみだくじ面白そう!」

「確かにいつものくじ引きじゃ飽きたしな」

 クラスの反応もまずまずだと分かった冬真はチョークを手に取り黒板にクラスの人数分縦線をひたすら書いていった。
 その線は定規も使っていないのに寸分たがわず等間隔で真っ直ぐに引かれ、精密機械の様な正確さは冬真らしさが出ていた。

「じゃあ、前の席の人から順番に好きなところに名前を、それから好きなところに横線を引いてくれ」

 クラスの生徒達は冬真に言われた通り上段に名前を書き、各々好きな場所に横線を一本ずつ足していった。
 最初は縦線しかなかったあみだくじも次第に線が増えていき複雑になっていった。
 やがて、ほのかと陽太達の順番が到来し、ほのかはどんな席になるのかワクワクしながら名前と線を書いた。
 陽太はそんな様子のほのかを横目で見ながらほのかの隣に名前を書いた。
 こんな事をしたところで隣の席にまたなれるとも思っていなかったし、暫く頭を冷やす時間が必要なのも陽太自身分かっているつもりだった。
 それでも、また隣の席になれたら、と淡い期待をしながら祈る様に横線を引いた。





 クラスの皆が名前を書き終えるのを見て冬真は福島に最後の仕上げを頼む事にした。

「先生、公正を期す為に最後に下の方にクラス人数分の数字を書いてもらってもいいですか?」

「おお、いいぞ」

 福島は冬真に言われた通りにあみだくじの下に数字をランダムで書いていった。
 そして、全ての数字を書き終わると福島はある事に気が付いた。

「ん、何だ、まだ氷室の名前書いてないじゃないか。まあ、最後だから一箇所しか空いてないが」

「ああ、そうでしたね」

 冬真は福島に言われチョークを手に取った。
 陽太は冬真が一瞬不敵に笑みを浮かべた様に見え、嫌な予感がした。

「まさか、あいつ・・・・・・」

 冬真は名前を最後の場所に書き込むとあみだくじに線を引いた。
 それも、一本ではなくあちこちに線を引き、合計で五本も線を引いた。

「おい、線は一人一本じゃないのかよー」

「氷室ズリー」

 そんな声が上がるも冬真は「線は一本までとは一言も言っていないけど?」と一蹴してしまった。




 あみだくじが完成すると皆名前の先の線を辿り、引いた数字と座席表に書かれた数字を照らし合わせていた。
 陽太は引いた数字を確認すると後方の窓際の席だという事が分かった。

「月島さん、席どこだった?」

 ほのかの事が気になり陽太がそう聞くとほのかは斜め左上の席を指さした。

「そっか・・・・・・あまり席変わってないね」

【春野君は?】

「あー・・・・・・、俺は窓際の席。席、離れちゃったね・・・・・・」

「なんだよ春野、月島さんと席バラバラになったの? お世話係なんだし、誰かと席替え代わってもらえば?」

 そう声を掛けたのは和也だった。

「あー、うん・・・・・・」

 気のない返事をしていると陽太は背後から肩を叩かれた。
 振り返るとそこには冬真が立っていた。

「心配は要らない。今度は俺が月島さんの隣の席だからな」

 陽太はやはりと思った。
 そして、陽太は冬真を教室の隅に引っ張ると誰にも聞かれぬように耳打ちした。

「なあ冬真、あれ絶対わざとだろ。あのあみだくじ!」

 あのあみだくじを瞬時に見極め、ほのかと冬真の席が隣同士になるように細工するなんて冬真にしか出来ない芸当だった。

「当たり前だろう。ま、俺達はどうせお世話係だ。どっちかは必ず隣の席になるんだから手間が省けるだろう?」

「そうだけど・・・・・・」

 陽太は本当にこれで席が離れてしまうという事に寂しさを感じ俯いた。
 思えばほのかが転校してきてからずっと隣だった。
 楽しい事も困った事も色んな事があった。

「何? やっぱり隣が良かった? 一応後ろの方の席から月島さんの姿は見えるように配慮してやったつもりだが?」

「お前あんな短い時間でそんな事まで出来んのかよ。はは何が公正だよ・・・・・・」

 陽太は自嘲気味に笑い、溜息をつくと冬真に向き直った。

「いや、月島さんの隣、任せたわ」

「ああ、今までご苦労だったな。今度は俺に任せとけ」

 そう言って冬真はほのかの隣の席に移動した。

「月島さん、今日からよろしく」

【よろしくお願いします!】

「授業で分からない事があったら何でも聞くといい」

【ありがとう】

 ほのかは陽太が遠くの席になってしまった事は寂しく思ったが、今度は冬真が隣になった事でとても頼もしく思えた。

「ふっ・・・・・・月島さんの成績がまた上がるかもしれないな。腕が鳴る」

【!!!】

 眼鏡を光らせながら自信ありげに笑う冬真にほのかは背筋が寒くなった。
 陽太は本来自分が居たポジションを見詰めた。
 陽太には楽しそうな二人の様子を後ろからただ眺める事しか出来なかった。