まだ約束の時間まで十五分も以上ある。落ち着かないけれど、少しゆっくりしていられることに安堵の息を吐く。

けれどそう思った直後、店の引き戸が音もなくスッと開いた。

わ、もうきちゃったの?

まだ心の準備ができていないのに。あたふたしていると、まず最初に顔を覗かせたのはスーツ姿の素敵なおじ様だった。

「ん……?」

あれ?

どこかで見たことがある。というよりも、知ってる……。

おじ様は一礼すると店に入ってきて父と挨拶を交している。

ウソでしょ。

脳内の記憶がものすごいスピードで蘇り、ありえないと頭を振りながらも、たどり着いた答えに困惑する。

まさか、まさか……。

次に入ってきたのは、グレーのストライプ柄のスリーピーススーツを着た男性だった。

予想とピタリと当てはまった人物に驚きを隠せず目を見開く。衝撃的すぎて、頭が真っ白になった。なにも考えられなくて、ただ目の前の人を見つめるだけで精いっぱい。

ありえない……なんで海堂先生がここに?

固まっていると、昼間と同じように海堂先生は口元をゆるめてフッと笑った。色気がたっぷりの微笑みに、胸がざわつく。

知っててこんな笑い方をするのかな。だとしたら、からかわれているとしか思えない。

そういえば、夜がどうとか言ってたな。

海堂先生は知ってたの?

そんな態度だったよね。

待て待て、どうなっているの?

どう考えても、今日のこの席の意味がわからない。

「桃子、なにぼんやりしているの」

節子叔母さんの声にハッとする。いけない、しっかりしなくちゃ。

放心しながらもなんでもないフリを装い、とにかく失礼のないようにだけペコリと一礼した。