のれんをくぐると厨房では板前の格好をした父が準備をしていた。昆布とカツオ出汁のいい匂いがして、締めつけられて苦しいにも関わらずお腹が鳴りそうになる。
カウンターが数席とあとは座敷の個室が三室あるだけのそこまで広くはない木造りの店内。だが、今日は珍しく客の姿がない。
「今日は桃子のために貸し切りにしたんですって」
節子叔母さんがこっそり耳打ちしてきた。
か、貸し切り?
私のために?
「人目があったんじゃ、ゆっくりお話もできないでしょう? 兄さんの気遣いよ」
「なんだかお見合いみたいじゃない?」
そこまで心を決めてきたわけじゃない。気楽なお食事会だと思っていたのに、着物を着せられるは、店を貸し切りって、父の強い思惑がうかがえる。
基本無口でなにを考えているかわからないけれど、そこまで私の将来を心配しているのか。
「今日は気負わず、お相手を見極めなさい」
「私、結婚願望なんてないんだけど」
「まぁそう言わずに、兄さんだって桃子の幸せを願ってるのよ」
「今のままでも十分幸せよ。なんの不満もないわ」
「そういうことじゃなくて、あなたの身を心配してるのよ。それに年老いていくとね、生きてるうちに孫の顔が見たいって思うものなの。特に桃子はひとりっ子だからね」
そう言われてしまっては、なにも言い返せない。
やはり世の中の親というのは、そういうものなんだろうか。



