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花菱美大は日本でも有数の美術大学だ。
“芸術家の登竜門”なんて言う人もいるくらい。
それを証拠に、花菱美大出身で活躍しているアーティストは数多く存在した。
色鉛筆画家として今でも世界を飛び回っている調 幸咲(しらべ こうさく)もこの大学出身者の一人だ。

大学のキャンパスはとても開けていて、芸術を愛する誰しもを受け入れてくれているよう。
草木が豊かで、そこに通う学生たちも生き生きしているように感じた。

初音は広大な敷地を横切って、エントランスホールから階段を上がり食堂へ向かう。
大学の学生食堂は学部関係なく、色んな学生たちが行き交う場所だからだ。
お昼時はもちろん昼食をとり、それ以外にもお茶をしたり、誰かと雑談をしたりするのに利用する。

初音は雪次郎と会う約束をしているわけじゃない。
出会える保証なんてどこにもなかった。

通路側の角席に席を決めて、自身のスマホを取り出す。
ここまで来ても、雪次郎と連絡を取る勇気はまだ出ない。