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夕方になり、一日の業務を終えた初音は私服に着替えて勤め先を出る。
突然訪れた雪次郎のせいで今日は酷い目にあった。
あれから上司には嫌な目で見られるし、同僚には“あのイケメンは誰だ?”と面白がった質問が沢山飛び交った。

“先日、依頼したレンタル彼氏です”なんて口が裂けても言えるか!
のらりくらりとやり過ごすのにずいぶんと神経をつかった。

今夜はお酒でも飲んでゆっくりしよ……

そう思って帰路につこうとした矢先、聞き覚えのある声で「初音さん」と声を掛けられる。
顔を確認しなくても分かる。
昼間も聞いたあの声。

「だから、何でいるの……?」
「ここで待っていれば初音さんにまた会えると思って」
「んなっ……!」

歯の浮くような甘い台詞。
それにいちいちドキドキしている自分が実に情けない。

そうだ。新手の営業か。
その手には乗るまい。

初音はグッと手に握りこぶしをつくって自分自身を(いまし)めてみせた。